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上海の朝市

 

鈴木美葉

 夏休み、母の実家である上海へ行った。78になる祖母は上海市中心地のマンションに住んでいる。そこで私の印象に最も残ったのは朝市だ。

 朝、私は目が覚めた。窓の外から聞こえる市場の喧騒。窓に歩み寄り、身を乗り出してみる。眼下に広がったのは実に鮮やかな光景だった。たくさんの人々の往来。スイカを積んだトラック。野菜をのせたカゴを担いでいる若者もいる。

 そのとき背後から祖母に声をかけられた。「朝市に行かないか。上海人の一日はここから始まるのよ」

 時計の針は5時45分をさしている。私は祖母の後ろについて朝市に行くことにした。

 上海の朝市は驚きの連続だった。道路の両わきに広げられた出店には、赤、黄、緑と果物が並べられ、売り物の魚は水漕で泳いでいる。器にはなみなみと水が張ってあり、エビが何度か水面から跳びあがった。その傍らで威勢のよい声を売り子が張り上げている。その光景には活気があふれていた。

 白い湯気が向かいの屋台からあがっている。興味を抑えきれず駆けよってみる。蒸籠が持ち上がって姿を現したのは、できたての小籠包だ。日本でもよく知られた上海名物である。蒸籠を持ったまま店のおばさんは笑う。食べていってよ、と汗をぬぐった。

 祖母は店先の椅子に腰かけて注文をした。私も椅子に座る。周りを見渡してみると、たくさんの人々が朝食をとっている。私と同じ学生から、サラリーマンの男性、祖母のような背中の曲がったおじいさんも皆おいしそうに点心を食べている。

 「おまちどうさん」。でてきた小籠包にかぶりつく。薄い皮が破れてでてきた汁を慌ててすする。祖母はやけどしそうになったのをごまかして笑った。

 この市場で特に目をひくのが、色とりどりの野菜だ。ここで売られている野菜は上海近郊の農民が毎朝収穫しているものだそうだ。祖母は、長々としたつやのあるナスを手にとった。

 「ほら、みてみなさい。ナスの表面に水滴がついているでしょう。きっと朝露ね。新鮮だわ」

 祖母は満足気にほほえむ。それをみた野菜売りのおじさんは得意気な表情になった。本当に人情のある街だと思った。

 とにかく上海のスイカは安い。五○○グラムで一元だ。祖母は、王さんという青年のところへスイカを買いに行った。祖母の話によると、王さんは二十歳で地方から来たそうだ。母親は病気でこの付近の大学病院に入院しているという。王さんは母親の看病をしながら金を稼ぐためにすいか売りの手伝いをしている。

 トラックにもたれかかった王さんの手には英単語帳が握られていた。彼は照れくさそうに話してくれた。

 「実は来年、大学の受験をしようとおもっているのです。将来はエンジニアになりたいから」

 どんな困難があっても夢を失わずに一生懸命に生きていくこの青年の姿を見て、私は本当に感動した。

 朝市の最終地は公園だ。公園には朝日がさしこんでいる。石段におかれたラジカセから流れる優雅な中国音楽にあわせて人々は太極拳をする。

 木陰には、二胡をひく人もいれば囲碁をうつ人もいる。上海の公園は人々にとって体を動かす場所であり、大切なコミュニケーションの場でもあるのだ。

 祖母は買い物カゴを木の下に置いて太極拳をする人々の中に加わった。私はベンチに座った。目の前にある花壇は小さいながらもよく手入れがされている。バラの花の微かな香りがした。頭の上、ずっと高いところから蝉の声がする。

 上海の朝市は、中国の縮図だと思う。中国は他の途上国と同じく、環境問題や都市と農村部での格差問題を抱えている。それでも意志をもって前向きに生きてゆく人々の姿は、私に深い感銘を与えた。

 私は、上海の朝市が大好きです。

 

人民中国インターネット版 2015年1月

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