「千里はなれても」
三木 謙将
「小日本!」そう叫びながら日本製品を打ち壊す中国人。2012年、日本では中国の日本への抗議デモの様子がテレビで盛んに流されていました。私の家族や友人は、中国人の暴力的で感情的な振る舞いに憤慨し、呆れ果てているようでした。私も中国人の暴挙には確かにショックを受けましたが、一方で彼らに対して非常に興味を持ちました。日本と中国は隣国でありながら、国民性がまるで違うのはなぜか。中国人はなぜ日本に対してあれほど感情的になるのか。国民に一党独裁の不満は無いのだろうか。デモの様子を見ながら、そんな疑問が頭に浮かんできました。そして、中国人をもっと知りたくなりました。
そこで、中国を理解するには現地に飛んで中国人と関わるのが一番だと思い、すぐさま大学のプログラムで中国の上海に留学しました。私の上海留学の目標はただ1つ。それは「中国人の友を作ること」。私は昨今の日中の関係悪化は、両国民の互いの情報不足が原因の1つだと思っています。だから日本で『中国脅威論』が論じられ、中国で日本の軍国主義が台頭しているなどと騒がれるのでしょう。ネットでは特にこうした極端な意見が目立っています。私は半年間の留学生活で、中国人と生身で接し、相互に理解し合える関係になることを望んでいました。
私は中国では野球ばかりしていました。留学先の復旦大学には野球部があったので、そこに所属し、毎日中国人たちと白球を追いかけていました。復旦大学野球部には20人ほどの中国人がいます。全員大学から野球を始めた初心者で、野球経験者の私から見れば動作はかなりぎこちないのですが、熱心に野球に取り組みます。私は彼らの野球のコーチも務めたのですが、私の助言を聴く彼らの目は真剣そのもの。中国人たちはどんどん上手くなっていきました。こうして、私は野球を通じて中国人と仲良くなりました。趣味のことから政治のことまで、様々な話ができるようになりました。
留学の「中国人の友を作る」という目標は案外簡単に達成したように思いましたが、そう上手くはいきませんでした。留学が終わり、私が日本に帰国した後も中国人とは何度か連絡を取りました。しかし、時間が経つにつれて連絡は途切れ始め、次第に彼らの存在は薄れていき、1年を過ぎるとメールのやりとりは一切無くなりました。異国の人々と、たった半年間の付き合いで親密な関係を築くなど、やはり簡単なことではないのです。中国留学から2年が経ち、私はそう思うようになっていました。
今年9月、2年ぶりに上海を訪れました。目的は留学時代ルームメイトだったトルコ人に会うこと。野球部の中国人たちに会おうとは思いませんでした。疎遠になっていたからです。ところが、1人で街をぶらぶらと歩いていたときのこと。突然中国人に声をかけられました。びっくりして振り返ると、一緒に野球をした復旦大学の男でした。あまりに突然の出来事に驚きを隠せませんでしたが、自分のことを覚えていてくれたのかと思うと、私は嬉しくてたまりませんでした。また多くの人々が行き交う上海で偶然再会するなど奇跡に近く、私はとても感動していました。私を呼び止めた彼もかなり嬉しそうです。私の肩をバンバン叩きながら、興奮気味に中国語で何か連呼しています。しかし早口で全く聞き取れません……。彼は急いでいました。「用事があるから行かなきゃいけない。今夜また連絡するよ!」そう言って、私に連絡先を伝えて、名残惜しそうに去っていきました。
その晩の彼とのメールでのやりとり。私が「きみが連呼していた中国語、早くて全く聞き取れなかった」と言うと、彼からすぐに返信が来ました。漢字が7文字、「有縁千里来相会」。「縁があれば千里離れていても会える」という意味の中国のことわざです。私は思わずその7文字をじっと見つめてしまいました。彼が繰り返し言っていたのは成句だったのです。「有縁千里来相会、無縁対面不相識」「縁があれば千里離れていても会えるし、縁が無ければ目の前にいても知り合うことはない」とも言うようです。なんて素敵な言葉でしょうか。人との出会いがどれほど素晴らしいものかわかります。そこで私はようやく気付きました。中国の留学で得たつながりを切っていたのは、月日ではなく、私自身でした。もし、街で私の方が彼を見かけていたら、おそらく声はかけなかったでしょう。人との出会いがどれほど貴重か理解していなかったからです。しかし彼のおかげでようやくわかりました。縁は大切にすべきなのだ、と。
両国の領土問題や歴史認識問題は、まだ解決の糸口を見つけられずにいます。今年の両国民の世論調査の結果を見ると、日本人の93%が中国に良くない印象を持っていると回答し、過去最悪だった前年より対中感情が悪化。一方、日本に良くない印象を持つ中国人は86.8%で、最悪だった前年より改善したものの、過去2番目に高くなっています。両国の溝はなお深く、日本と中国の国民間の心の距離は今や千里以上の隔たりがあるのかもしれません。そんな関係が改善されるのは果たしていつになるのでしょうか。日本と中国の関係は古来非常に密接でした。日本にとって、中国は文化の祖国でもあります。隣国同士の私たちには、切っても切れない縁があります。その縁がどれほど貴重で、尊いものなのかを互いに理解し合える日が一刻も早く訪れてほしい。私はそう願っています。
人民中国インターネット版 2015年1月