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 猫的性格实在有些古怪。说它老实吧,它的确有时候很乖。它会找个暖和的地方,成天睡大觉,无忧无虑,什么事也不过问。可是它决定要出去玩玩,就会出走一天一夜,任凭谁怎么呼唤,它也不肯回来。说它贪玩吧,的确是呀,要不怎么会一天一夜不回家呢?可是,它听到老鼠的一点响动,又是多么尽职。它屏息凝视,一连就是几个钟头,非把老鼠等出来不可。

猫の性格は本当にちょっと風変わりである。従順かというと、確かにとてもいい子のときもある。暖かいところを探して、1日中ずっと寝ていて、何の憂いもなく、何事にもわれ関せずという態度。しかし、いったん遊びに行こうと決めたときには、まるまる1日、誰が呼ぼうが帰ってこようとはしない。遊び好きかというと、確かにそうで、そうでなければまるまる1日家に帰らないなんてことがあろうか。でも、少しでもネズミの気配を感じ取ろうものなら、とても職務に忠実である。息を殺して見張り続け、何時間でもネズミが出てくるまで待ち続ける。

 

 它要是高兴,能比谁都温柔可亲:用身子蹭你的腿,把脖儿伸出来让你给它抓痒,或是在你写作的时候,跳上桌来,在稿纸上踩印几朵小梅花。它还会丰富多腔地叫唤,长短不同,粗细各异,变化多端。在不叫的时候,它还会咕噜咕噜地给自己解闷。这可都凭它的高兴。它若是不高兴啊,无论谁说多少好话,它一声也不出。

機嫌がいいときには、誰よりもおとなしく人懐っこい。体をあなたの足にこすりつけ、首を伸ばして、痒いところを掻いてもらい、あるいはあなたが書き物をしているときなんかは、机の上に跳び乗って来て、原稿用紙の上に桜印を残す。さらにいろんな声を使って鳴き、長さも違えばトーンも異なり、さまざまに変化する。鳴いていないときには、ごろごろ喉を鳴らし、自分で気晴らしをする。でも、これはすべて機嫌がいいときだけで、もし機嫌が悪ければ、どんなに猫なで声で話しかけても、一声もあげない。

 

 它什么都怕,总想藏起来。可是它又那么勇敢,不要说见着小虫和老鼠,就是遇上蛇也敢斗一斗。

何でも怖がって、いつでも隠れようとする。しかし、またとても勇敢でもある。小さな虫やネズミは言うまでもなく、ヘビに遭遇しても戦いに挑もうとする。

 

 满月的小猫更可爱。腿脚还不稳,可是已经学会淘气。一根鸡毛,一个线团,都是它们的好玩具,耍个没完没了。一玩起来,它们不知要摔多少跟头,但是跌倒了马上起来,再跑再跌。它们的头撞在门上,桌腿上,彼此的头上,撞疼了也不哭。它们的胆子越来越大,逐渐开辟新的游戏场所。它们到院子里来了:院中的花朵可遭了殃。它们在花盆里摔跤,抱着花枝打秋千,所过之处,枝折花落。你见了绝不会责打它们,它们是那么生气勃勃,天真可爱。

生まれて1カ月ほどの子猫はもっとかわいい。足はまだふらついているが、すでにいたずら心でいっぱいだ。ニワトリの毛1本、糸玉、どんなものでも遊び道具となり、際限なく遊ぶ。猫同士でじゃれだすと、どんなに転んでもすぐに立ち上がって、さらに走ってまた転ぶ。頭を戸にぶつけたり、机の足にぶつけたり、互いに頭突きしたりして、痛くてしょうがなくても、泣きはしない。彼らはどんどん大胆になって、次から次へと新しい遊び場所を開拓してゆく。庭にやって来れば、庭じゅうの花が被害を受ける。植木鉢の中で暴れ、花の枝に猫パンチを食らわせ、彼らが通り過ぎたところはいずこも枝折れ、花落つる有様となる。これを見ても決して責める気にはなれない。彼らはあまりにもはつらつとしていて、天真らんまんでかわいいからだ。

 

老舍的《猫》

老舎「猫」より

 

 

◆翻訳にあたって◆

 日本に比べると、猫は中国では一般的に人気がない。しかし、最近では日本で人気の猫をかわいいともてはやす若者も増えており、都市には「猫カフェ」も出現し、猫人気は急上昇中。なお、老舎には『猫城記』という猫人のいる火星を舞台にしたSF的な作品もある。日本でしばしば桜の花に形容される猫の足跡は、ここでは梅の花だ。また、原文の「秋千」はブランコのことで、子猫が枝を掴んではそれがはね返るのを楽しんでいる様子を表現しているが、日本語では分かりやすく「猫パンチ」にした。 (福井ゆり子)

 

 

人民中国インターネット版  2015年8月

 

 

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