ヒロイン誕生！『美人魚』

文・写真＝井上俊彦

中国映画を北京市民とともに映画館で楽しみ、そこで目にしたものを交えて中国映画の最新情報をお届けするという趣旨でスタートしたこのコラムも5周年を迎えることができました。中国社会がモノを消費する時代からサービスを消費する時代へと変化する中、この5年間で年間興行収入は130億元から440億元に急拡大、郊外や地方都市にもシネコンが続々開業して全国的に娯楽の定番となりました。その間にネット予約が当たり前になるなど、映画を楽しむスタイルも変化しています。そうした周辺事情も含めて中国社会の発展をよく映し出す映画は、日本人の私たちが中国を理解する一つの窓口にもなると思います。6年めもできるだけたくさんの映画をご紹介したいと思いますので、お付き合いいただければ幸いです。

1日で3作品が1億元越えの春節興行

2月8日の春節当日には、この日から公開の大作3本を映画仲間と鑑賞しました。いずれも大ヒットとなっており、新聞報道によればこの3本を中心にこの日1日の興行収入は6億6000万元強と、これまでの記録を大幅に塗り替えました。『西遊記之孫悟空三打白骨精』は、日本で公開された『モンキー・マジック孫悟空誕生』の続編に当たり、前作では悪役だったアーロン・クオック（郭富城）が孫悟空を熱演しています。アクションだけの作品ではなく、ウィリアム・フォン（馮紹峰）のイケメン唐僧と悟空の微妙な関係を観客に示し、白骨夫人（コン・リー／鞏俐）の前世にまで踏み込んで背景を描いており、現代的解釈を加えた深みあるストーリーになっています。私も「賛」を差し上げたいと思います。一方、春節の定番になった『ゴッド・ギャンブラー・レジェンド』シリーズ最新作『澳門風雲3』はこれまでにも増してグダグダなストーリーですが、春節に映画館を訪れた家族の誰もが楽しめるギャグを満載しており、ホールには子どもたちの笑い声が響いていました。そして、3本の中でも最も人気を集めているのが『美人魚』です。今回はこれをご紹介します。

「美人魚」とは日本語の人魚のことです。ストーリーは、「白手起家（裸一貫から身を起こす）」してのし上がった不動産開発業者の劉軒（ダン・チャオ）が青羅湾の開発権を高額で落札するところから始まります。競争相手の李若蘭（キティ・チャン）と手を組んだ彼は、埋め立てを行うため、湾に強烈な音波を流す装置を設置してイルカなどが入ってこないようにします。しかし、実はそこには人魚が住んでおり、装置によって存亡の危機に陥ります。八爪魚（ショウ・ルオ）らは一計を案じ、珊珊（リン・ユン）を人間界に送り込んで埋め立てを阻止しようとします。珊珊はなんとか劉に近づくことができましたが……。

他の映画館で撮影したものだが、ポスターのほかに奇妙な人魚（？）も

12万人から選ばれた96年生まれ

人魚の女の子の冒険を中心としたおとぎ話ですが、「美人魚（人魚）」が「美人計（色仕掛け）」で人間に立ち向かうという設定が愉快で、チャウ監督らしいギャグも満載の楽しい作品です。ダン・チャオは踊りまで披露するサービスぶりですし、ショウ・ルオの、表情と言葉だけの演技部分は秀逸で、館内も爆笑の渦でした。そして、何よりヒロインの清潔感ある可愛らしさが大きな魅力になっています。


春節に公開された他の2大作『西遊記之孫悟空三打白骨精』のポスター	『澳門風雲3』のポスター

リン・ユンは、12万人（！）が応募したオーディションから選ばれたシンデレラで、浙江省湖州市の出身です。1996年生まれで、まだ19歳ですが、すでにネットでは子役出身のグアン・シャオトン（関暁彤／『ひだりみみ』『爛漫天降』）らとともに「95後」期待の星として語られています。昨年はこのコラムでも映画界の「90後」（1990年代生まれ）旋風をご紹介してきましたが、なんともう「95後」の時代が来たというわけです。長い黒髪が印象的な江南の美少女ですが、なかなか表情も豊かです。劇中では、まず化粧崩れのすごい顔で登場したと思うと、扉に衝突したりウニをぶつけられたりと体を張った演技を見せています。一方で劉とデートするシーンでは清楚で可愛らしい表情が際立ちます。その表情を見ていて、「あっ、バービィー・スー（徐煕媛・大Ｓ）に似ている！」と思いました。ネットでも、「大Ｓとスー・チー（舒淇）の中間の顔」などと話題を集めているようです。すでにこの作品のヒットを当て込んだネットの人材サイトが広告に起用しており、テレビや街頭広告で盛んに流されています（実は、春節明けの時期は転職シーズンでもあります）。

作品は、私たちが見た初日だけで興行収入2億6000万元強とこれまでの単日記録を大きく上回り、公開4日間で約10億元のメガヒットになっています。監督の前作『西遊・降魔編』に比べると、乱暴なシーンが少ないぶん王道の笑いが多く、家族で楽しめる作品になっていることも好感されたのでしょう。ただ、少ないながらもある残酷なシーンに、イルカの追い込み漁がダブらされていることには、日本人としていささか考えさせられるものがありました。