心に架ける絵葉書
鈴木猛敏
私が高校時代にアルバイトをしていたコンビニエンスストアでは、多くの中国人留学生が働いていた。一緒に過ごす中で、彼らの文化・歴史に少しずつ魅力を感じていった。大学入学後は第二外国語として中国語を履修したのだが、連日テレビや新聞では政治的な日中関係の悪化や、中国人観光客のマナーの悪さが報道され、私の中国人像と報道事実が異なることに、違和感を持った。
そんな中、私は大学生の時、幸運にも中国へ学生交流目的の研修に参加できることになった。12月は寒く、大変風の強く吹く時期であった。初めて中国を訪れるということに緊張、不安、そして若干の興奮を感じながら、杭州の大学へと向かった。
歓迎式典があるとのことで、会場に到着後に指定された席に着いたが、そこは周りを10人ほどの中国人の女子学生が囲むような状況であった。中国語は挨拶程度しかできなかった私は、とにかく何か話そうと思い、まず笑顔で「ニーハオ」と言ったところ、爆笑が生まれた。このおかげで私はとてもリラックスして彼女らと会話をすることができた。この時、隣に座っていたのが張さんだった。彼女は英語学科の学生で、私はこの研修に参加する3か月前まで、アメリカに留学していたこともあり、中国語より英語の方が得意だったので、彼女と私の会話は専ら英語だった。日本の音楽が好きで、特にMr. childrenがお気に入りであると楽しそうに話してくれたが、実は私もとても好きだったので、すぐに仲良くなった。
その後、いくつかのグループに分かれてそれぞれ別行動が予定されており、私と張さんは別のグループだったので分かれてしまった。日中総勢200名を超える団体の行事であり、連絡先は聞いたけど電波は圏外。私はもうその子には会えないかもしれないと諦めていた。会場を出発する時間が迫り、最後にもう一度あの子に会えないだろうか。そんなことを考えながらあたりを見回していると、少し離れたところに張さんがいるのを見つけた。彼女も誰かを探している様子で、あたりを見回していた。すると、目が合った瞬間、にっこりとほほ笑んで駆け寄ってきて、「ずっと探していたの。記念に写真を撮りましょう。」と言った。私も同じことを考えていたので、とても嬉しかった。別れ間際の再開を喜び、互いに感謝の言葉を伝え、いよいよ出発しようとした瞬間、学生の群れの中、彼女は私を呼び止め、何も言わずにそっと抱擁した。この日は杭州に初雪が舞い降りていた。
帰国後半年が経過し梅雨を明けて夏を迎えた頃、彼女から1通の絵葉書が届いた。イギリスに旅行をした記念にケンブリッジから送ってくれたとのこと。そこには、浙江省出身の詩人である徐志摩の「再别康桥」(ケンブリッジをまた去るに当たって)という詞の一部が記されていた。彼女がそれを書いて送ってくれた意味を考え、彼女の教養に感心した。それと同時に、今は遠く離れてしまったが、まだ交流は終わっていないということに喜んだ。何かお返しをして喜ばせたいと思った私は、ちょうど新潟県長岡市で開催される花火大会に行く予定があったので、そこで花火が描かれた葉書を手に入れ、Mr. childrenの「HANABI」の歌詞の一節を記して送った。
翌年、張さんから卒業旅行で日本に行くという連絡があった。以前送った花火大会の風景に憧れ、実際に見てみたいとのことで、再開を喜んだあと、私は彼女を長岡に連れて行った。
浴衣を身に纏った彼女の笑顔が色とりどりの光に照らされるのをみながら、「テレビや新聞で見る中国人に関するニュースそれ自体は事実かもしれないが、それは全てではない。私が交流した限り、私たちと同年代の人たちは、言語や文化の違いはあっても、感受性や道徳観などのとても似た感性を持っている。むしろ私より豊かな感受性を持っている。」こんなことを考えた。
絵葉書にあったあの景色を、夏の夜の優しい風に吹かれて、二人並んで見上げていた。