現在位置: 中日交流
「情」を解する人々が支え

 

東京の大塚駅から徒歩1分。白いビルの階段を地下へ降りていくと、哀愁を帯びた音色が聞こえてくる。教室に入ると壁には、胴に蛇皮を張った二弦の弦楽器が20本ほど並んでいた。中国の楽器「二胡」だ。日本でも最近はかなり有名になっている。

数人の日本人が曲を奏でている。その中心にいるのが、中国人の二胡奏者の甘建民さん(54)である。すらりとした長身、さらさらの髪の毛、甘い笑みと優しい声で一人ひとりを指導する。生徒は全部で約80人。8歳から80歳代までさまざまだが、ほとんどが女性だ。

日本人の観客を前に二胡を奏でる甘建民さん(写真提供・本人)

教室で日本人の生徒を指導する甘建民さん(写真提供・本人)

ステージの裏方の仕事も 

甘さんの教室がここまで来るには、苦労の日々があった。  

音楽が好きだった甘さんが二胡を始めたのは中学生の時。友人たちの影響だ。二胡は一番身近で手に入りやすい楽器だった。歌うように音を奏でられるこの楽器がだんだん好きになり、少しでも先生に褒められると嬉しくて、いつしかのめり込んだ。音楽大学を卒業し、安徽省音楽団に所属していたが、二胡を武器に海外で挑戦してみたいと1990年4月、32歳で来日。東京学芸大学で作曲を学んだ。その後、少しでも音楽と関係がある仕事を、と1992年、イベント会社に就職。ステージでドライアイスや花火、テープなどの舞台装置を扱う裏方の肉体労働。眠る暇もない。周囲でも帰国する中国人の仲間が少なくなかったが、いつか訪れるチャンスを待ち続けて、日本でひたすら仕事を続けた。

きっかけは友人の結婚式

貿易会社に勤めていたころ転機が訪れた。友人の結婚式で演奏を頼まれたのだ。当日、会場で弾いてみると、大好評。「ぜひ教えてほしい」という人まで現れた。そのころ日本では、「二胡」という楽器はあまり知られていなかった。小さな教室を借りてレッスンをスタート。当時の生徒数は10人ほどだった。

共感を呼んだ哀愁の音色

2001年、ついに東京で「甘建民二胡学院」を設立。ホームページも立ち上げた。ほぼ毎日、休みなしに行われるレッスンの合間を縫って自身のコンサートや日本のアーティストとの共演も増えた。生徒も含めて、何よりも大事にしているのは「人とのつながり」だ。

二胡の音色が持つ独特の哀愁、中国の伝統曲が持つ情緒に共感する日本の人々は少なくない。「日本人には、『情』を理解する性質が備わっています」と甘さんは言う。日本でだからこそ、深く理解され、より多くの人に受け入れられて今の自分がある。中国人、日本人に関わらず人間関係を最優先にしながら、これからも日本で活動を続けていくつもりだ、という。

 

1 2 3 4 5 6 7 8

人民中国インターネット版 2013年3月26日

 

 

人民中国インタ-ネット版に掲載された記事・写真の無断転載を禁じます。
本社:中国北京西城区百万荘大街24号  TEL: (010) 8837-3057(日本語) 6831-3990(中国語) FAX: (010)6831-3850