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WTO加盟10周年を迎えて

 

10年前、中国が世界貿易機関(WTO)へ加盟した時、国内でよく言われたのが、「狼来了」(オオカミがやってきた)でした。オオカミとは外資のことですが、中国がWTO加盟による約束事項を履行していく過程で、中国市場が外資に席巻されてしまうのではないかと懸念する声が少なくありませんでした。当時、オオカミの格好の餌食になるのではとされたのが、農業、そして自動車産業でした。

あれから10年、中国は世界最大の自動車生産・販売国となり、農民の生活水準も当時とは比べものにならないほど向上しています。当時、中国政府はWTO加盟を「利比弊大」(プラス面がマイナス面より多い)としましたが、多くの点で「与狼共舞」(オオカミとダンスしよう)となったわけで、政府の見通しは的中したといえます。

輸出入とも急速に拡大

WTO加盟の1年後、北京の中国日本商会の調査委員会(当時、筆者が委員長)は、「WTO加盟後の中国経済2002」をテーマに、中国日本商会会員企業413社を対象にアンケート調査を実施しました。同調査は3項目からなり、そのうちの一つが、「WTO加盟に当たって中国政府が約束した事項についての実施状況」で、問題点は以下の5点に集約されました。

一部品目で関税引き下 げが不履行(重量税が 適用されているなど) 
 輸入割当の内容、実施方法が不透明
 投資認可手続きにおいて、裁量事項 が多く、認可の取得用件が不透明
 加盟時に約束した関連法規は制定 されても実施細則が未設定、非公開 の内部規定で実質的な審査が行わ れているケースがある
 知的財産権で、制度上の整備は進ん だが、実施体制(行政・司法)上で問 題が残る

こうした問題点はありましたが、中国政府はWTO協定に適合するよう膨大な法規(地方法規を含めると、2500を超えるとされた)の改廃・制定を実施するなどの対応をとっていることなどから、全般的には、WTO加盟時の約束事項について、順調に実施に移されているとの意見が支配的でした。

この10年間に、中国政府は、例えば、平均関税水準を15.8%から9.8%へと、日程を前倒しして関税水準の引き下げを実行するなど、総じて、WTO加盟時の約束事項の遵守に積極的かつ前向きな対応をとってきています。

その結果、WTO加盟10年間に中国は、輸出で4.9倍、輸入で4.7倍と急速な拡大を遂げ、世界貿易に占める比率を大きく高めました。また、2010年の日中貿易も史上最高を記録して4000億ドルの大台に乗り、目下、日本にとって中国は最大の貿易相手先であり、中国にとって日本は2番目の貿易相手先となっています。

世界にとっての意義

昆明巫家壩国際空港の構内の様子。中国はASEAN諸国との貿易をいっそう推し進めるために、目下、昆明に新しい国際空港を建設している(新華社)
中国のWTO加盟は、中国経済の国際化を推進したとされます。特に、中国市場の開放が進んだことは世界経済の発展に大きく貢献しました。現在、中国は世界第1位の輸出国、第2位の輸入国となっています。さらに、発展途上国の中では最大の外資受け入れ国(約7000億ドル。累計、実行ベース)でもあります。こうした中国経済の国際化の進展がなかったら、2008年に発生した米国発国際金融危機で世界経済はさらに停滞の深みにはまっていたと指摘する識者は少なくありません。中国のWTO加盟の意義は大きかったわけです。

現在、世界には2国間または多国間協定となる自由貿易協定(FTA)、経済連携協定(EPA)、そして環太平洋経済協定(TPP)など、中国がWTOに加盟した当時と比べ、自由な経済貿易交流を求める協定が少なくありません。中国はFTAの締結に熱心であり、その行方に世界が注目しています。WTOはこうした協定の「親」的存在ですが、加盟各国・地域の利害関係もあり、その機能・役割の発揮がままならない状況です。

2011年5月、パリでWTOの非公式閣僚会合が開催され、難航する多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)について、目標の年内の一括合意を事実上断念、対立の少ない分野を優先する部分合意を目指すことが取り決められましたが、前途は多難といえます。

オオカミと龍のダンス

現在、世界は環境汚染、地球温暖化、貧困など深刻な問題を抱えています。自由貿易の拡大や新たな経済連携の構築もさることながら、今後、中国には、各国・地域とのFTA締結において、また、WTO内での活動強化を通じて、地球規模の問題の軽減・解決に向け注力することが、これまで以上に世界から期待されてくるでしょう。WTOの次の10年を築く上で大きく貢献することは、中国経済の新たな国際化であり、その結果、世界が中国のWTO加盟の新たな意義を認めるのではないでしょうか。

中国のWTO加盟は、これまで外資系企業に対する中国市場の開放という側面が強調されてきましたが、今後は、中国企業の海外市場への参入という視点からもその成果が期待されます。 その際、中国が、「狼来了」とならず、「与龍共舞」(龍=中国とダンスしよう)となるよう、中国には、WTOやFTAの現場で、この10年間の経験を生かしてほしいものです。

1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市旅順名誉市民を授与される。ジェトロ北京センター所長、海外調査部主任調査研究員。2010年上海万博日本館館長を務めた。

 

(財)国際貿易投資研究所(ITI) チーフエコノミスト 江原規由

1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市旅順名誉市民を授与される。ジェトロ北京センター所長、海外調査部主任調査研究員。2010年上海万博日本館館長をを務めた。

 

人民中国インターネット版 2011年8月

 

 

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