日中韓FTAに期待 試される「世界第二」
(財)国際貿易投資研究所(ITI) チーフエコノミスト 江原規由
8月2日、仙台市で中日米など21カ国・地域(注1)で構成されるアジア太平洋経済協力会議 (APEC)特別会合が開催されました。APECはアジアと大洋州地域の経済協力を議論するフォーラムですが、今年3月11日の東日本大震災で被災した仙台市で、企業の防災をテーマとして開催されたことの意義は小さくありません。
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2011年4月、杭州市で開催された「日中韓賢人会議」。アジア経済の70%を占める三国のFTA締結へ向けてさまざまな分野で連携が深まっている(東方IC) |
経済協力は、今後ますます幅広いものになっていくと思われますが、APECに限らず、成長著しいアジア太平洋地域経済の発展を目的とした機構・組織、協定などの行方は、域内だけにとどまらず、世界経済全体の発展に大きく関わっていることは明らかです。
メリット大きいFTA
最近の動きを見てみましょう。今年7月1日、韓国-EU(欧州連合)間の自由貿易協定(FTA)が発効、その一カ月後には、日本-インド間の経済連携協定(EPA)が発効しました。こうした協定は、当該国経済の発展にとって比較的メリットが大きいわけですが、第三国にはデメリットとなるところも少なくありません。例えば、韓国-EU間FTAの発効では、日本は対EU輸出で韓国に比べ不利となるところが少なくなく、そのため、韓国に生産拠点を移す日本企業が出てくれば、日本国内の産業空洞化を引き起こしかねないと懸念する識者は少なくありません。また、EUは七年連続して中国の最大の貿易相手国ですが、韓国-EU間FTAは、中国とEUの今後の貿易関係にも影響しそうです。お国の事情もあり、二国(地域)間FTAやEPAの締結には、一喜一憂の企業・産業が少なくなく、その調整に膨大な時間とエネルギーが費やされるのが常です。
ただ、世界貿易機関(WTO)が各国の調整に手間取り、加盟国間の一括貿易自由化交渉が進まない状況下では、FTAやEPAが、目下唯一の選択肢と言っても過言ではないでしょう。
ASEANは戦略拠点
中国はどうでしょうか。2010年時点でみると、10カ国・地域とのFTAが発効しており、アジアとのFTAが目立ちます。その中心は、中国-ASEAN自由貿易協定(ACFTA、2010年1月1日発効、当面、製品の90%以上がゼロ関税)といえます。両地間の貿易は、過去20年間に約36倍に増え、目下、ASEANにとって中国は最大の貿易相手国であり、中国にとってASEANは三番目の貿易相手先となっています。ASEANは中国のFTA戦略上の最大の拠点の一つといってもよいでしょう。
さて、今、中国はFTA戦略上、大きな課題と向き合っています。日中韓FTAと環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への対応です。東アジア(注2)におけるFTAは、ASEANをハブとするFTA、即ち、ASEAN+1(ASEAN-日本FTA、ASEAN-韓国FTAなど)が主流となっており、世界の成長センターでありながら、EUやNAFTA(北米自由貿易協定)に対抗できるような地域包括的なFTAはまだ存在していません。
三カ国でアジアの七割
この点、注目すべきは、日中韓FTA の最近の動きです。今年五月、日本での日中韓首脳会議で、日中韓FTAの共同研究(産官学レベル)を一年前倒し今年中に終わらせることで合意しました。その折、温家宝首相は、「日中韓FTA締結に向けた正式な協議が来年にも始まる可能性がある」と表明したと報じられました(注3)。日中韓三カ国の経済規模は、世界全体の約20%、アジア経済全体の約70%を占めており、日中韓FTA が締結されれば、EUやNAFTAに次ぐ世界第三の自由貿易圏が形成されることになります。
この日中韓FTAの先には、ASEAN+3(日中韓)FTAあるいはASEAN+6(日、中、韓、インド、オーストラリア、ニュージーランド)FTAといったより広範の地域包括的な東アジアFTAの構築が期待できます。そのカギは、日中韓FTAの締結にかかっているといってよいでしょう。
世界経済発展への貢献
TPPには、現在、シンガポール、ニュージーランド、ブルネイ、チリ、米国、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアの九カ国が交渉に参加しています。カバーエリアは東アジアFTAのそれよりさらに広域です。今のところ、日中韓三カ国のいずれも参加していません。
昨年11月、横浜でAPEC首脳会議が開催されましたが、首脳宣言で、アジア太平洋地域が「世界経済の原動力、成長エンジンになった」とし、「より開かれたAPEC共同体」を追求することで一致、さらにAPECで初となる成長戦略が打ち出されました。そこでは、地域経済統合に向けた具体的な取り組みでは、2020年のアジア太平洋貿易圏(FTAAP)の実現に向け、TPPなど現在進行している地域的な取り組みをさらに発展させることが重要との認識が共有されました。
日中韓FTA、東アジアFTA、そしてTPPにおいても、各国・地域の利害は異なります。日中韓FTAの締結に向け前向きな姿勢を示した中国、そして、ASEANにFTAを持たない米国のTPP参加表明など、広域FTAには、それぞれ関係各国・各地域の思惑があります。
世界第二位の経済大国になった中国が、今後、チャイナ・パワーを発揮し世界経済の発展にどう貢献するか、日中韓FTAやTPPへの対応がその試金石となるのではないでしょうか。
注1 中国、米国、日本、韓国、ASEAN六カ国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、メキシコ、チリ、ロシアなど
注2 インド、オーストラリア、ニュージーランドを含む
注3 人民ネット2011年5月27日)
(財)国際貿易投資研究所(ITI) チーフエコノミスト 江原規由 1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市旅順名誉市民を授与される。ジェトロ北京センター所長、海外調査部主任調査研究員。2010年上海万博日本館館長をを務めた。 |
人民中国インターネット版 2011年