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消費主導と民富優先がカギ

高速で走っていた車がスピードを落としています。目的地に早く着きたいと思っていたドライバー氏は、周りの交通事情、道路状況が変わってきており、当面、高速運転が難しくなってきたこと、そして、何よりも、今、適度に減速して走らせることが目的地に早く着くためには最善と判断して車のスピード調整を行ったと言います。 このドライバー氏の判断と車のスピード調整は、今の中国経済がおかれている状況を能弁に物語っているようです。

内憂外患で成長鈍化へ

最近の中国の経済成長率を見ると、2010年は前年比10.4%(初歩的確認値、2011年9月7日、中国国家統計局発表)、2011年は第1四半期9.7%、第2四半期9.5%、第3四半期9.1%と鈍化してきていることがわかります。因みに、2012年の中国の経済成長率は、8.5%前後と予測する関係機関や識者が多いようです。例えば、

●中国社会科学院(2012年経済白書)は8.9%

●国連経済社会局(DESA)は8.7%

●中金公司(彭文生チーフエコノミスト)は8.4%

●野村證券(中国区チーフエコノミスト)は7.9%などが指摘できます。

中国経済の成長率鈍化は、一言でいうと、「内憂外患」による影響と言えます。内憂は物価上昇、外患は世界経済の停滞に集約できます。

物価上昇は人民の生活を直撃し、世界経済の停滞は、中国の経済成長を牽引してきた貿易や投資の足を引っ張ります。因みに、前記中金公司の予想値8.4%の内訳は、消費4.5%(比率上昇)、輸出4.4%(同下降)、純輸出マイナス0.5となっています。

重慶市の保障型住宅の建設現場

「内憂外患」には、成長率鈍化と因果関係が薄いものもあります。例えば、不動産バブル(抑制策を継続中)、人民元切り上げ圧力(2011年通年で対ドルほぼ5%切上げ)、貿易障壁(中国は2001年のWTO加盟以来、世界から最多の自国製品にアンチダンピング調査を実施されている)などが指摘できるでしょう。

「穏中求進」がポイント

昨年12月開催された中央経済工作会議を支配したキーワードは、「穏中求進」でした。即ち、「安定を維持し前進」を2012年の中国経済のあるべき方向としたわけですが、これはなかなか意味深長な言葉です。いわば、「急がば回れ」と「善は急げ」の二つの諺を一度に実践するようなものです。成長率がスピード・ダウンしても経済発展の成果を早急に出すということにほかなりません。  

工作会議では、2012年経済政策の基本方針を、「穏健的金融政策、積極的財政政策」、そして、「穏増長」「控物価」「調結構」「恵民生」「抓改革」「促和諧」としました。その要点は、次の五点です。

●穏健的金融政策、積極的財政政策 「穏中求進」を実現するためのマクロ経済調整の中心的政策と位置づけられる。金融政策の重点はインフレ抑制で、2012年の消費者物価指数(CPI)の上昇率を4%以内に抑える。ただし、昨年、預金準備率を3年ぶりに引下げていることなどから金融緩和の余地が残されている。財政政策では減税措置の継続が重点。昨年、増地税、営業税、個人所得税の課税最低限が引下げられている。なお、民生関連を中心に財政支出増を予定する。

●穏増長(安定成長) 内需拡大、外需安定で急激な成長率の減速を回避。過去数年の工作会議では、GDPの成長率を8%に設定しているが、毎年、これを大きく超える実績となっている。その分だけ経済が過熱しているとの判断があり、世界経済が停滞する中で、経済成長率を適度にペースダウンし経済のバブル化を回避する。

●控物価(物価コントロール) 消費者物価指数は下がりつつあるものの依然高止まったままである。2011年下半期では、前年同期比それぞれ、6.5%、6.2%、6.1%、5.5%、4.2%、4.0%(予測値)上昇。通年では前年比5.4%上昇(予測値)。2010年は3.3%上昇であった。労働力、資源価格の上昇などもあり依然楽観できない状況。農産物の供給を増やす積極策などを採る。

●調結構(経済構造調整) 戦略的新興産業の育成(特に、省エネ・環境、次世代情報、バイオ、先端装備製造、新エネ、新素材、新エネ車関連の七産業を戦略的振興産業として発展させる方針。なお、中国は目下、製造業生産額で世界一)、伝統産業の改造・高度化、サービス・文化産業の発展を促進など。

●恵民生(民生優先) 就業促進、住居、教育、医療・衛生、社会保障の充実、特に、農民工の都市における就業・生活問題(戸籍制度の見直し、土地問題の整理などを含む)を重視する。

こうした政策を積極推進することで、「抓改革」(改革実践)、そして、「促和諧」(調和のとれた社会建設の促進)へとつなげていこうというわけです。すなわち、鄧小平氏が提唱した「発展才是硬道理」(発展こそ道理だ)から「先富論」「共同富裕」の実践を経て、胡錦濤国家主席の提唱する「科学発展観」による「和諧社会」の建設ということではないでしょうか。

中央会議で「民」強調

2012年を中国経済の転換点とする識者が少なくありません。その核心は、二つあると考えられます。一つが、内需、特に、消費需要の拡大による経済成長への貢献を増やすことです。内需拡大はこれまで何度も提唱されてきましたが、なかなか実を結ばなかったのが実情です。次が、民生の安定と向上です。中国は、世界第二位の経済大国になりましたが、一人当たりGDPでは、世界95位(2010年、4382㌦、IMF発表)です。国富から民富への政策が着々と進展していることは、例えば、第12次五カ年規画(2011~15年)に3600万部屋の保障房を建設し、低所得者等に提供する規画(2011年には1000万部屋建設済)などで明らかです。民富と消費拡大は連動しています。「民」がこれほど強調された中央経済工作会議はこれまでなかったと言えます。    今年の年頭挨拶で、胡錦濤国家主席は、「新年にあたり-中略-経済発展パターンの転換と経済構造調整をいっそう促進し、民生を保障・改善し、経済社会発展の素晴らしい状況を確保しよう」と言っています。消費主導、民富優先は中国経済の転換を握る方向舵と言っても過言ではないでしょう。

(財)国際貿易投資研究所(ITI) チーフエコノミスト 江原規由

1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市旅順名誉市民を授与される。ジェトロ北京センター所長、海外調査部主任調査研究員。2010年上海万博日本館館長をを務めた。

 

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