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陳凱歌が描くネット暴力『捜索』

文・写真=井上俊彦

2011年には131億元の興行収入を記録するなど躍進を続ける中国映画。大作化、3D化が進む一方で、ローバジェット作品から大ヒットが生まれるなど、目が離せません。また、大都市から地方都市までシネコンの整備もこのところ急速に進んでおり、快適な映画館が増えています。そこで、実際に映画館に足を運び、北京の人たちとともに作品を楽しみ、作品に関連する話題からヒットの背景、観客の反応なども紹介していきます。

ポスター
ロードショー3日前の「見面会」に行ってきた

2010年の『運命の子』以来となるチェン・カイコー(陳凱歌)の新作が7月6日(金)から公開になりますが、3日前倒しで行われた「見面会」でひと足早く鑑賞しました。場所は、市内北三環にある金鶏百花影城です。まず夕方5時半から作品の上映があり、その後監督と出演者たちが登壇してあいさつするという流れでしたが、498席を持つ大ホールに満員の観客は圧倒的に若者が多く、女子7割、男子3割、中高年1%(私以外に3人見かけました)という構成比でした。

『捜索』という刑事サスペンスもののようなタイトルですが、実は扱っているのはネットとメディアによる暴力です。『捜索』は「人肉捜索」と呼ばれるネット用語に由来しており、『網逝』(文雨)というネット小説が原作です。

物語は美人秘書葉藍秋(ガオ・ユアンユアン)が病院でリンパ癌を宣告されるところから始まります。茫然自失・自暴自棄の彼女は、バスで車掌に注意されても老人に席を譲らずトラブルになります。ちょうど乗り合わせていたテレビ局の実習記者楊佳琪(ワン・ルオダン)がそのやり取りをスマートフォンで撮影し、それがニュースで流されると大きな反響を呼びます。失礼な態度に激怒した人たちがネットでよってたかって名前から仕事、出身校まで割り出し(この行為を「人肉捜索」と呼びます)、彼女は「全民公敵」(世の中の嫌われ者)になってしまいます。その後、楊佳琪が葉藍秋を探し出してインタビューすると彼女は涙を流し謝罪しますが、それではニュース的価値がないと判断した上司の陳若兮(ヤオ・チェン)はビデオをボツにし、彼女のネガティブな情報探しを始めます。一方、葉藍秋は楊佳琪の従兄の楊守誠(マーク・チャオ)にボディーガードを依頼するのでしたが……。

大ホールのロビーにはポスターと花束が飾られ、「見面会」のムードを盛り上げていた

登壇した監督とキャストに対し、ほとんどの観客がケータイを向けている。この画像・影像が個人のミニブログにアップされていくのだろう

日本のファンが同監督に期待しているのとはまったく違う作品かもしれませんが、中国でネット関連の仕事をしている私は非常に面白く見ました。満員の若い観客も、笑い、憤り、時にスクリーンに向かって拍手をするほど楽しんでいました。

ネット時代の個人、ネット時代の映画とは

上映が終わるとお待ちかねの「見面会」です。登壇した監督の第一声は「上映後に観客のみなさんと会うのはここが初めてです。面白かったですか?」で、これには会場全体から「好看!」の大合唱でした。監督によると、監督とキャストたちはこの日は朝からネットメディアなどの取材を受け、「見面会」をはしごするなど大忙しだったようです。ファンがすぐに見られるネットで情報を発信し、ファンとの交流をして彼らが「微博」(ミニブログ=中国版ツイッター)で仲間内に情報を広めてくれることを期待する、両面作戦です。この作品の場合はネットの暴力をテーマにしているだけに、特にネットの情報伝達力を重視しているようです。

朝からハードなスケジュールをこなしてきたというチェン・カイコー監督だが、その声は張りがあって大きく、疲れはまったく感じさせなかった

右からチェン・カイコー監督、監督夫人でもありこの作品のプロデューサーでもありさらに重要な役どころを個性的に演じているチェン・ホン、ヤオ・チェン、ワン・ルオダン、チェン・ラン、ガオ・ユアンユアン、マーク・チャオ、ワン・シュエチーら出演者

若い観客にとって非常に関心のあるテーマを、リアリティーを失わずに映画作品として見ごたえのあるものに仕上げる手腕は、さすがに大監督という気がします。また、寧波という微妙な大きさ、発展度合いの地方都市を舞台に持ってきた点にも興味深いものがあります。寧波といえば、2年前の「犀利哥」(クールなお兄さん)事件が思い出されます。これは寧波の街頭を撮影した写真に写っていたイケメン・ホームレスが話題になったもので、彼はネットの「人肉捜索」によって身元が判明し、政府や関係者の努力で江西省の実家に帰ることができました。しかし、多くの場合「人肉捜索」は個人攻撃に発展します。それをテーマにしたのがこの作品で、誰もが気軽に写真や動画を撮影し、それを簡単にネットメディアにアップできるようになった今日、フツーの市民がある日突然ネットの暴力にさらされる危険はますます高まっており、観客の若者たちはそれを敏感に感じ取っているようでした。

仲むつまじいマーク・チャオとガオ・ユアンユアンの美男美女カップル

ワン・ルオダンには追っかけファンが多く、この日も写真や蛍光ボードを持ったファンが多数来場

このように扱っている素材は新奇で、ネガティブなものも含んでいますが、物語は決して不愉快なものではありません。事件を追う展開はスリリングでテンポも良く、笑いも織りまぜていて、夢中で最後まで見させてくれますが、見終わって感じるのは4人の女性の新しい出発、人としての成長で、希望を感じながら映画館を出ることができました。

【データ】

捜索 Caught in the Web

監督:チェン・カイコー (陳凱歌)

出演:ガオ・ユアンユアン(高圓圓)、マーク・チャオ(趙又廷)、ワン・シュエチー(王学圻)、ヤオ・チェン(姚晨)、チェン・ホン(陳紅)、ワン・ルオダン(王珞丹)

時間・ジャンル: 121分/愛情、ドラマ、サスペンス

公開日:2012年7月6日

 

金鶏百花影城は7つのホールを持ち、設備も整ったシネコン。この日は、電光掲示板に「見面会」の告知も出ていた

 中国ではバス停の広告が映画の告知というケースが非常に多い

 

金鶏百花影城

所在地:北京市朝陽区北三環東路22号

電話:010-64207759

アクセス:地下鉄5号線和平西橋駅B出口から北三環に沿って東へ徒歩7分

 

プロフィール

1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。

1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。

現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。

 

人民中国インターネット版 2012年7月5日

 

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