「炒経済」と実体経済
「炒」とはチャーハン(中国語では炒飯)の「チャー」のことです。焼きソバにも炒が使われ、中国語では炒麺と表記されるのはご存知のとおりです。炒は主に「油で炒める」ことにほかなりませんが、さらに、「投機取引で儲ける」という意味もあります。今、中国では、この一語が、ニュースメディアの中でよく使われています。例えば、炒股票(株式投資)、炒地産(不動産投機)、以銭炒銭(お金でお金儲けをする)、温州炒房団(温州の不動産投機集団)などです。
本稿主題の「炒経済」とは、日本語に置き換えれば、「投機経済」というような意味でしょうか。投機は予想が当たると大儲けできますが、常に、大きなリスクが付きまといます。
三つの世界危機との関連性
過去15年間に世界経済は三つの経済危機を経験しました。1997年のアジア通貨危機、2008年の米国発金融危機、現在の欧州連合(EU)の債務危機です。そのいずれにも共通するのが投機に頼りすぎた経済・社会的繁栄はいずれ破綻するという教訓にほかなりません。目下、この投機経済やその後遺症に悩まされている国・地域は少なくなく、中国にもその影が忍び寄りつつあるようです。まず、三つの危機を中国経済の現状とダブらせてみましょう。
●アジア通貨危機との関連
投機筋(投資ファンド)によるタイバーツの売り浴びせからバーツの対ドルレートが下落し、バーツのドルペッグ制から変動相場制に移行したことが発端とされています。2011年12月、中国外国為替直物取引市場で人民元の対ドルレートが8日連続で値幅制限の下限に達しストップ安となり、外資の中国離れがみられました。同12月にホットマネー約400億ドルが流出していることなどから、背後に投機筋が動いたとされています。その後、人民元の対ドルレートも上昇に転じたことから、実際の影響は微々たるものでしたが、アジア通貨危機を髣髴とさせる一瞬が中国でも起こったわけです。
●米国発金融危機との関連
例えば、「中国民営企業の天気図」と呼ばれる温州市を例にとると、近年、企業倒産、企業主の夜逃げが多発し産業の空洞化が懸念されたことがあります(『新京報』2012年2月7日、『瞭望東方週刊』2011年6月16日など)。温州企業の中には、温州炒房団といわれるように、不動産の値上がりを期待して借入れた高金利資金を元手に中国各地で不動産に投資していた企業が少なくありませんでした。そんな中、不動産バブルの対応策として採られた金融引締め政策の影響もあって銀行からの融資が抑制され、投機の「あて」がはずれた企業(温州のリーマンブラザーズ的企業)が倒産の憂き目にあったわけです。目下、「温州金融総合改革試験区総体方案」が国務院の批准待ちとなっているなど、今後温州経済の改善が期待されています。
●EU債務危機との関連 地方政府は都市化の推進に向け、不動産(主に住宅)建設を柱とする大胆な都市開発を行っています。その資金の多くは「融資平台」(注1)を通じた銀行からの融資によっており、地方政府は、その資金調達にあたり土地譲渡収入(注2)を債務返済の原資としているとされます。最近、これまで凍結されていた地方債の発行(注3)が認可されるなど地方政府の資金調達のルートが増えましたが、仮に、地価が大幅下落したりすると、融資平台の債務返済能力のリスクが高まり金融不安が発生しないとも限りません。実際、近日中に発表の予定とされる融資平台の返済期限の延期措置に「地方政府はほっとしている」との報道(人民ネット2012年2月29日)もあります。債務問題という視点では、EU債務危機でのギリシャのケースや2000年前後中国各地で発生した投資公司による債務不履行問題(注4)が頭に描かれます。
中国経済が国際化すればするほど、世界経済との共通性が認められるのは極めて自然です。世界経済のリスクが中国に波及し中国経済のリスクを高めることはあっても、世界経済に波及するような中国発経済危機が発生する可能性を論じるのは、今のところ、白昼夢を見ているのに等しいといえるでしょう。
炒経済の対極が実体経済です。これは個人消費や民間設備投資など金銭にともなう具体的な対価がともなう経済活動を指しますが、最近、ことあるごとに強調されています。例えば、昨年12月に開催された「中央経済工作会議」を例にとると、「実体経済を堅固な基礎として創業の精神を忘れず、実業にしっかりと精を出すことが富を得る道との社会的コンセンサスを確立しよう」。翻ってみれば、過度の投機に走らず、本来の実業に精を出していれば、温州企業の倒産も少なくて済んだということでしょう。
製造業で新たな「高み」
中国における実体経済とはなんでしょうか。筆者は、既に築かれた「世界の工場」をレベルアップさせ、製造業で引き続き世界をリードし続けることにあると考えます。
今年1月、オバマ米大統領が一般教書演説で対外展開している米製造業の生産ラインの国内回帰を奨励しました。これを受けてということでありませんが、フォード、米NCR(ATM製造大手)、キャタピラー、Sleek Audio(高級補聴器メーカー)など世界的多国籍企業が一部部品の製造や工場建設(一部生産工程を含む)を本国に回帰して行う意向を表明したといわれます(『経済参考報』2011年12月30日)。こうした動向を踏まえ、製造業の争奪戦は「負けることの出来ない戦争」とまで報じる新聞(『解放日報』2012年1月26日、毎経ネット2012年2月8日など)もあるなど、外資の中国離れに大きな反応がありました。
目下、中国は、製造業で世界№1の地位にあります。「世界の工場」である中国から外資の撤退が増えるようなことがあれば、中国経済への影響は少なくないことは誰の目から見ても明らかです。世界的にみてフルセットの産業構造をもつ国は中国をおいてほかになく、それがチャイナ・パワーの源泉となっているといっても過言ではないでしょう。
今後、7大戦略新興産業(環境・エネルギー、次世代情報技術、バイオ、先端装備製造、新エネルギー、新素材、新エネ自動車)を積極的に育成・発展させようとしています。さらに、中国の宇宙・海洋関連産業の発展には世界が注目しています。こうした製品づくりのための「世界の新工場」を構築し中国製造業の新たな「高み」を目指すことで、中国は、持続的成長を遂げつつ世界経済発展へ貢献することが出来るのではないかと考えます。
日本の製造業も技術水準の高さが世界的評価を得ています。目下、温州同様、その空洞化が懸念されています。日本の製造業の強さは世界に冠たる中小企業の独自技術によるところが少なくありません。例えば、温州の民営企業と日本の中小企業の協力関係が深まるなど、日中両国企業が連携して「世界の新工場」が構築されてゆく正夢を見たいものです。
2008年に始まり、2010年末時点で1万余(同年末の地方政府の債務残高は10.7兆元、約130兆円)。債務残高の10.7兆元は2010年のGDPの約4分の1に相当し同年の全国の税制収入を上回っている(『財経』2011年6月20日第293期、中国審計署データ、『中国経済週刊』2011年7月4日)。
『広州日報』(2012年1月2日)によれば、2011年に全国130都市で行なわれた土地の譲渡取引における譲渡金額は累計で前年比13%減の1兆8634億4000万元(約22兆円)。
1980年代末から1990年代初頭、インフラ整備用財源確保などのため地方債が発行、1993年、地方政府の債務返済能力を疑問視した国務院が地方債の発行を棚上げ。2011年11月16日、全国に先駆けて上海市が地方債を発行、以後、広東省、浙江省、深圳市などが追随している。 1998年に発生。国際信託投資公司は、省・市レベルの公的機関(当時、全国に240社余存在)としてその信用力を背景にインフラ整備等のプロジェクトに投融資する外資導入の窓口的機関であった。その中の広東国際信託投資公司が突然経営破綻。その後、債務不履行や破綻する地方の国際信託投資公司が相次ぎ信用不安が広がった。
(財)国際貿易投資研究所(ITI) チーフエコノミスト 江原規由 1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市旅順名誉市民を授与される。ジェトロ北京センター所長、海外調査部主任調査研究員。2010年上海万博日本館館長をを務めた。 |
人民中国インターネット版 2012年7月