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香港と文学と映画『黄金時代』

 

文・写真=井上俊彦

中国映画はこのところ毎年20~30%前後興行成績を伸ばすほどの好調が続いています。洋画に席巻されていた時期を経て、現在は国産映画も人気を集めています。郊外や地方都市にも次々にシネコンがオープンしており、消費文化と密接に関係しながら、庶民の定番娯楽という地位を確立していると言えるでしょう。そこで、実際に映画館に足を運んで、地元北京の人々とともに話題の作品や興味深い作品を鑑賞し、作品のおもしろさだけでなく、映画館で見聞きしたものや関連の話題などもお伝えしていきたいと思います。お付き合いいただければ幸いです。

「第3回香港主題電影展」開催中

国慶節の7連休は映画界も書き入れ時なわけで、今年は文芸大作と銘打ったアン・ホイ監督の『黄金時代』をはじめ、ニン・ハオ(寧浩)監督らしからぬ(?)ストレートな笑いの多いロード・ムービー『心花路放』、幼児誘拐事件を扱ったピーター・チャン(陳可辛)監督の社会派家族ドラマ『親愛的』、人気台湾アクション・シリーズ『ブラック・アンド・ホワイト2黎明昇起』などバラエティーに富んだ作品が並びました。しかし、興行成績的には予想を下回りました。この連休期間中はやや天候不順だったにもかかわらず、故宮博物院が単日で14万5000人、八達嶺長城でも同5万人など、たいへんな人出となった観光地が多かった中で、どうやら映画は今年の主役ではなかったようです。

そんな中、7日までに約7億6000万元を稼ぎ出した『心花路放』などに大きく水をあけられたようですが、内容的に素晴らしい作品と評価の高いのが『黄金時代』です。私は、一般公開に先立って行われた「第3回香港主題電影展」のオープニングで鑑賞しました。この映画展は、北京万国城百老匯電影中心が独自の切り口で香港映画の魅力を紹介するもので、今年で3回目となります。今回はアン・ホイ監督がキュレーターを担当し、「文字からイメージへ」のテーマで文芸作品を主とする15作品を上映しています。同監督の『半生縁』や『女人四十』を始め1960年代から現在までに制作された良質な文学にかかわる作品群からは、エンターテイメント性が強いイメージの香港映画が持つ別の一面が浮き上がります。会期は9月29日から10月16日までとなっていますので、北京におられる方はこの機会にぜひ香港映画の魅力を発見しに行かれることをお勧めします。

 

文学と映画の関係についてのトークも興味深い内容だった。左からスーチンガオワー、アン・ホイ、イム・ホー  関係者が勢ぞろいして行われた開幕セレモニーのフォトセッション

 

この日は、『黄金時代』のオープニング上映に先立ってアン・ホイ監督と、吉本ばななの『キッチン』を映画化したこともあるイム・ホー(厳浩)監督、老舎の『駱駝祥子』などさまざまな文芸作品に出演してきたスーチンガオワー(斯琴高娃)らによるトークがありました。アン・ホイ監督は「文学作品はどう映画化しても常に遺憾が残る」と、文芸作品を撮影する苦労を語っていました。また、記者からはこの作品を最後に監督を引退するのではという憶測についての質問も出ましたが、彼女ははっきりと否定していました。同映画展については、公式サイトでご確認ください。(http://www.bc-cinema.cn/)

 

 

 

国慶節を迎え北京市内ではバス停にポスターが掲示されたほか、街角のあちらこちらに花や赤いちょうちんが飾られ華やいだ雰囲気が感じられた

 

女性、人間としての蕭紅に迫る

『黄金時代』は、東京国際映画祭で上映されるそうですので、ストーリーなどは詳しく説明しませんが、友人たちの証言というドキュメンタリー風の導入からドラマに入っていく形になっています。これは、観客により分かりやすいようにという工夫だと思いますが、それでも彼女についての知識がないと理解が難しい部分はかなりあります。私は以前このコラムでご紹介したようにフォ・ジェンチイ(霍建起)監督の『蕭紅』を見ていたのが手助けになりましたが、彼女を知らない方のためにごく簡単に彼女の人生をご紹介しておきたいと思います。

※フォ・ジェンチィ(霍建起)監督の『蕭紅』についてのコラムはこちら

 http://www.peoplechina.com.cn/home/second/2012-06/04/content_457052.htm

1911年、黒竜江省の呼蘭県(現在のハルビン市呼蘭区)に生まれた蕭紅(シャオ・ホン=本名は張乃瑩)は、親の決めた結婚に反発して家出し、後に新聞記者だった蕭軍と知り合い恋愛関係になります。その間に作品を書き続け、35年に魯迅の援助もあって『生死場』でデビューすると文壇にセンセーションを巻き起こします。同時代の左翼作家たちの多くが正面から戦争や社会問題を描き、政治的主張を前面に押し出す作風であったのに対して、彼女の作品は豊かな自然描写の中で女性とは何かという視点からより深く人間を描いていたのです。作家として成功する一方で蕭軍との感情はもつれ、38年には彼と別れ同じく作家の端木蕻良と結婚します。やがて1940年に香港に渡り『呼蘭河伝』などを発表した後、42年に結核を悪化させ永眠。31歳という若さでした。

作品では、小説からの引用なども使いつつ、彼女の波乱に満ちた人生を淡々と振り返っています。タン・ウェイら出演者たちの演技にも素晴らしいものがありますが、各シーンや画面の完成度が極めて高いにもかかわらず、息苦しさを感じることなく約3時間座っていられるのは、アン・ホイ監督独特のユーモアと人間を見る優しい目がそこかしこで感じられるからだと思います。ひとつ驚いたのは、満員の観客がワン・チーウェン演じる魯迅のセリフにいちいち反応して笑うことでした。「魯迅体」とも呼ばれる独特の文体で話す様子は、多くの魯迅作品を授業で学んだ若者たちにとってツボだったのかもしれません。

ところでタイトルの『黄金時代』ですが、作品中ではこの言葉がたった1度だけ、しかも意外な場面で出てきており、深く考えさせられるものがありました。東京国際映画祭でご覧になられる方は、この点にも注目していただきたいと思います。

 

【データ】

黄金時代(The Golden Era.)

監督:アン・ホイ(許鞍華)

出演:タン・ウェイ(湯唯)、ウィリアムス・フォン(馮紹峰)、ワン・チーウェン(王志文)、ジュー・ヤーウェン(朱亜文)、ハオ・レイ(郝蕾)

時間・ジャンル: 179分/伝記・ドラマ・愛情

公開日:2014年10月1日

 

中央のユニークな形の建物にシネコンが入っている  シネコン入口には映画展の告知ポスターが張られていた 

北京万国城百老匯電影中心

所在地:北京市朝楊区香河園路1号当代MOMA北区T4座

電 話:010-84388258

アクセス:地下鉄2・13号線東直門駅下車、、13号線ではG口を、2号線ではB口を出て東直門北大街を北進、香河園北街を東へ徒歩13~16分

 

プロフィール

1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。

1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。

現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。

 

人民中国インターネット版 2014年10月8日

 

 

 

 

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