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オオカミと知識青年『狼図騰』

 

文・写真=井上俊彦

中国の映画興行は、一時の低迷期を経て現在では庶民の娯楽としてますます人気が高まっています。2014年には300億元近い興行収入を記録し、急成長するマーケットは内外から注目を集めており、国産映画も最新技術や海外の才能を取り入れるなど、さまざまな試みを繰り返しながら、観客に喜ばれる作品づくりに努力しています。そうして出来上がった作品は、従来からの中国映画ファンを楽しませるだけでなく、広く中国に関心を持つ日本人にも中国理解の大きなヒントを提供してくれています。そこで、このコラムでは筆者が実際に映画館で見た作品の面白さや、中国の観客の反応、関連の話題などをご紹介していきたいと思います。ご参考になれば幸いです。

 

春節興行は記録ずくめの大盛況!

 

この春節、映画館が大いににぎわいました。春節当日の2月19日にはなんと1日で興行収入3億5600万元を記録し、これまでの記録を大きく塗り替えました。そしてその後も連日2億元台後半の大入りで推移し、連休最終日の2月24日までの6日間で約17億3000万元(速報値)を稼ぎ出しました。これがいかにすごい数字なのかは、2005年の全国年間興行収入が約20億元だったことをご紹介すれば納得していただけると思います。

今回の春節興行はバラエティーに富んだラインナップで、幅広い層が楽しめるものが多かったことがまずあります。春節連休内に6作品が1億元を突破したのも史上初のことです。春節連休に家族で映画を楽しむスタイルが定着してきたことに加え、大気汚染の問題から花火に対する規制が厳しくなったことや、安全問題などから廟会も中止や縮小されたところが多かったことなどもあり、家族そろってのレジャーとしては映画が人気を集めた形です。

さて、その大盛況の中で特に目を引くのがこの『狼図騰』です。春節興行では通常2日目以降次第に観客動員が下降していくものですが、同作品は逆に2日目以降連日数字を伸ばしていったのです。初日はジャッキー・チェンの新作『天将雄師』の3分の1程度だった興行収入は、連休最後にはほぼ肩を並べるまでになっていました。口コミで評判が広がったことが理由でしょう。

 

地壇公園の廟会(春節の縁日)会場に飾られた「春」の字をかたどったディスプレー前では記念撮影する人がひっきりなし 蓮花池公園の廟会は今年は行われていなかったが、「毛虫」と呼ばれる楊の花穂が大きくふくらんできているのが見られた。春が近いことを感じさせる

 

2月23日には北京西駅で帰省先から戻った人たちが地下鉄に向かう通路で行列を作っているのが見られた。2012年の9号線に続いて昨年末に7号線も乗り入れ、ますます便利になっている

春節の花火は呼びかけや規制もあって今年は3割減ったという。それでも、春節当日の朝は各地で花火の後片付けをする様子が見られた

 

制作はオオカミの飼育からという徹底ぶり

 

同作品は、1967年に内蒙古自治区の生産隊に入った北京の知識青年が、狼に魅せられたためにさまざまな出来事に遭遇していくという物語です。そして、それを通じて自然と人間の関わりについて観客に考えさせるようになっています。姜戎による原作の同名小説は2004年発売されたベストセラーで、これまでに500万部近くを売り上げ、多くの熱烈なファンを持ちます。20代から30代の同僚たちに聞いてみたのですが、ほとんどが学生時代に読んだことがあると話していました。すでに日本語を含む30カ国語に翻訳されており、日本では『神なるオオカミ』の書名で2007年に出版されています。

そして、私は旧暦1月4日にあたる2月22日の午後に、帰省しない北京っ子の同僚や日本人の映画仲間と4人で連れ立って朝陽門近くの博納国際影城旗艦店に見に行ったのですが、同シネコンでも最大、317席あるホールがほぼ満席でした。子供連れは少ないものの観客層は幅広く、中高年カップルの姿も目につきました。

ジャン=ジャック・アノー監督の作品が中国の正月興行で上映されるということには時代の変化を感じますが、一方で同監督のこだわりは変わっておらず、映画化にあたってはオオカミの飼育から始め、4年がかりで撮影されたそうです。作品では、オオカミの登場するシーンは、一部CGと思われる部分もありましたが、本物のオオカミを使った迫力あるシーンに圧倒されました。幼獣の無垢な可愛らしさから、群れたオオカミが人間を威嚇する表情まで、実にリアルで、私も確かにオオカミに取り囲まれる恐怖を感じました。

それだけに、人間を描いた部分がいささか弱く、時代背景も特に掘り下げては描かれていません。こうした点で、原作を知る同行の同僚たちには物足りないところもあったようです(聞くところによると3時間の国際バージョンもあるようです)。ネットでも、自然と人間の関わりを深く考えさせられたというものから原作の良さが出ていないという批判まで、さまざまな意見が見られました。「狼は蒙古族のトーテムではない」という蒙古族の作家による指摘が報道され議論になってもいます。しかし、こうしていろいろな意見が紹介されるというのは、やはり鑑賞後に何かを語りたくなる作品だったということでしょう。私も、これは日本で上映されてほしいなと感じました。

 

ピーター・チャン監督の『ウィンター・ソング 如果・愛』(2005)でジョウ・シュンと金城武がラブシーンを演じた北護城河の氷も溶け始めていた。冬も終わろうとしている

このバス停には『狼図騰』の2種類の広告が見られた。人の移動が多いこの時期に交通広告に力を入れた宣伝戦略も奏功したようだ

 

【データ】

狼図騰(Wolf Totem)

監督:ジャン=ジャック・アノー

出演:ウイリアム・フォン(馮紹峰)、ショーン・ドウ(竇驍)、アンクニャム(昂柯妮瑪)、バーサンジャブ(巴森扎布)

時間・ジャンル: 121分/ドラマ・アドベンチャー

公開日:2015年2月19日

春節興行でにぎわう北京博納影城朝陽門旗艦店のチケットカウンターとホール。ちょうちんが飾られ、春節の雰囲気に満ちている。同シネコンでは期間中コーラとポップコーンのセットを出血価格で提供するなどのサービスも行っていた

 

北京博納影城朝陽門旗艦店

所在地:北京市朝陽区三豊北里2号悠唐生活広場B1階

電話:010-59775660

アクセス:地下鉄2・6号線朝陽門駅A出口を出て朝外大街を西へ向かい外交部南街を南へ、徒歩7分

 

プロフィール

1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。

1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。

現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。

 

人民中国インターネット版 2014年2月25日

 

 

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