ネット通販の光と影!?『電商時代』
文・写真=井上俊彦
中国の映画興行は、一時の低迷期を経て現在では庶民の娯楽としてますます人気が高まっています。2014年には300億元近い興行収入を記録し、急成長するマーケットは内外から注目を集めており、国産映画も最新技術や海外の才能を取り入れるなど、さまざまな試みを繰り返しながら、観客に喜ばれる作品づくりに努力しています。そうして出来上がった作品は、従来からの中国映画ファンを楽しませるだけでなく、広く中国に関心を持つ日本人にも中国理解の大きなヒントを提供してくれています。そこで、このコラムでは筆者が実際に映画館で見た作品の面白さや、中国の観客の反応、関連の話題などをご紹介していきたいと思います。ご参考になれば幸いです。
急成長業界にかける中国の若者の夢
年末年始に向けて話題作が次々と公開される中で、『電商時代』というちょっと気になるタイトルの作品が公開されていたので見に行ってきました。「電商」とはeコマースのことです。中国ではネットショッピングが急成長しており、11月11日の「独身デー」に最王手のアリババが約1兆7000億円を売り上げたことは、日本でもかなり報道されました。これに味をしめたか、今年は12月12日もネットショッピングの日だと、各社が大々的に前宣伝をしていました。「1212」が「要愛要愛」と同音になるからだそうですが、それがどうセールとつながるのか、私にはよく意味が分かりません。
そして、その前日に当たる12月11日のタイミングでこの映画が公開されたのです。物語は、ネットショッピングでニセモノの茶器をつかまされた張凱文(ヴァン・ファン)が、だました陳帥(モン・ポン)の倉庫に乗り込んで来るところから始まります。しかし、陳帥も商売がふるわず返金には応じられません。彼らは、不良在庫をさばいて現金にするノウハウを学ぶためeコマースセミナーに参加しますが、セミナーはインチキで会費をだまし取られてしまいます。さらに窮地に陥った2人ですが、セミナーをきっかけに明るく前向きな女の子・尤娜(フー・マン)が仲間に加わります。3人はさまざまな模索を続けますが、ふとしたことから大手サイトのスタッフ白朗(デニー)から助言が得られ、それを実行すると商品がどんどん売れ出します。商売は軌道に乗ったかに見えましたが……。
急成長産業にかける若者が、そこに潜む危険、暗躍する犯罪行為に立ち向かい、夢を実現させていくストーリーです。まあだいたい想像のつく展開で、ハッピーエンドになっていきますし、低予算でアクションなどの見どころもほとんどありません。ただ、かなり細かい点にまで踏み込んで描かれている中国のネットショッピング事情には非常に興味を引かれました。
ネットショッピング用語も満載
あるショッピングセンター前でネットショッピングの宅配便電動三輪車が並んでいるのを見かけた。ショッピングセンターで働く人たちもネットショッピングを大いに利用する時代になっているのかもしれない |
物語の背景はネットショッピングが急成長を始めた5年ほど前の状況のようです。成功を夢見て倉庫一つで商売を始めるネット起業家の奮闘と、彼らを待ち受ける業界の暗黒面が、コメディーにくるまれる形で見せられます。もちろん、現在はシステム化、規範化が進んでいるので、こんな荒唐無稽な犯罪はあり得ませんが、ネットショッピング勃興期には本当にさまざまな物語があったようです。犯罪に関しては、ビッグデータを活用し、本物を送付する客とニセモノを届ける客を選別するなどの手口が、私にはなかなかリアルに感じられました。
そして、ニセモノを売りつけておいて「カネはないが自分をよりよく見せたい客に、オレは“自信”を売ってやっているんだ」などとうそぶく悪玉。本当に中国の犯罪映画では、違法行為や犯罪がバレても開き直って語る悪人の「屁理屈」がとても新鮮で説得力があります。「なるほど、そんな理屈もあるか」と納得しそうになってしまうほどです(汗)。
そして、ネットショッピングで盛んに使われる用語にも興味深いものがありました。「電商」以外にも「剁手党(ネットショッピングのヘビーユーザー)」「店小二(顧客対応などをするネットショップのスタッフ)」「差評師(店の悪評を広めることを専門にするネットワーカー)」「大数拠(ビッグデータ)」「小馬雲(リトル・ジャック・マー)」など、私には目新しい言葉が次々と登場しました。字幕があったのでだいたいの意味はつかめましたが、帰宅後に調べてようやく意味が分かったものもあります。
そうそう、12月12日は、ネットショッピングに負けるものかと「リアル店舗」のスーパーマーケットなども一斉にセールを打ちました。私も近所のスーパーに出かけたのですが、あまりの人出に気後れして、買い物をせずにすごすごと引き上げました。実は最近では、洗剤やペットボトルの飲料など、少し重いものは家に持ち帰る手間を嫌い、ネットショッピングで注文して届けてもらうことが多くなっています。
『鬼吹灯之尋龍訣』が大ヒット!
ロビーには大ヒットしている『鬼吹灯之尋龍訣』の大型ディスプレーがあり、この前で記念撮影しているカップルもいた |
話題は変わりますが、18日に公開された『鬼吹灯之尋龍訣』が大ヒットになっています。インディ・ジョーンズのシリーズをほうふつさせるファンタジー・アドベンチャーですが、映画らしい映画とでも言えばいいのでしょうか、なかなか楽しい作品でした。主演のチェン・クン(陳坤)、ホアン・ボー(黄渤)、スー・チー(舒淇)それぞれのキャラクターも魅力的です。評判が評判を呼んで観客が押し寄せ、公開翌日の19日土曜日には『港囧』が持つ単日興行収入最高記録2億4700万元に迫る2億3000万元を売り上げました。公開3日で累計6億元となっており、数日のうちに10億元を突破しそうです。
【データ】 電商時代(E-commerce Times) 監督:チェン・シャオシー(陳暁曦) 出演:ヴァン・ファン(范逸臣)、モン・ポン(孟鵬)、フー・マン(付曼)、デニー(鄧寧)、チュー・トンユー(曲桐雨) 時間・ジャンル: 95分/コメディー・犯罪 公開日: 2015年12月11日
北京世茂国際影城はロビーもゆったりしているが、上映時間を待つイスがないのが玉に瑕と思っていた。ところが、この日訪れるとすわり心地のいい一人がけソファがずらり。「賛」をあげたい 各シネコンとも顧客の囲い込みに腐心しているようだ。ここの場合は割引のある会員カードを作るとカレンダーもプレゼントされるようだ 北京世茂国際影城 所在地:北京市海淀区羊坊店路18号 光耀東方広場4階 電話:010-57536166 アクセス:地下鉄7、9号線北京西站駅下車、A口から地上に出て羊坊店路を北に進み右手のビル、徒歩6分。 |
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プロフィール |
1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。 1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。 現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。 |
人民中国インターネット版 2015年12月21日