壮年俳優!『十二公民』『哺乳期的女人』
文・写真=井上俊彦
中国の映画興行は、一時の低迷期を経て現在では庶民の娯楽としてますます人気が高まっています。2014年には300億元近い興行収入を記録し、急成長するマーケットは内外から注目を集めており、国産映画も最新技術や海外の才能を取り入れるなど、さまざまな試みを繰り返しながら、観客に喜ばれる作品づくりに努力しています。そうして出来上がった作品は、従来からの中国映画ファンを楽しませるだけでなく、広く中国に関心を持つ日本人にも中国理解の大きなヒントを提供してくれています。そこで、このコラムでは筆者が実際に映画館で見た作品の面白さや、中国の観客の反応、関連の話題などをご紹介していきたいと思います。ご参考になれば幸いです。
壮年世代の倫理観がぶつかり合う!?
ご存じのように、日本で上映される中国映画、ドラマは数的にもジャンル的にもごく一部分です。従って、中国では有名なベテラン俳優が日本ではほとんど知られていないということがよくあります。私も中国に住んでいて、テレビなどでなんとなく顔はおぼえているが、名前は知らないという脇役俳優がたくさんいます。この1週間ほどの間に、そんな俳優の魅力を再認識させてくれる映画を立て続けに見ましたので、今回はそれをご紹介します。
『十二公民』は2014年のローマ国際映画祭でグランプリを獲得した作品で、タイトルからも想像できるかと思いますが、陪審制度に題材をとった作品です。ある大学の保護者参観日、学生たちの模擬裁判の後、指導教官は12人の父兄に対して、別室で判決に賛成かどうか議論して欲しいと言います。息子のために協力する父兄たちは当初、証拠も整っており「議論の余地なく有罪だろう」といかにも気乗りしない様子。しかし、一人だけ「本当にそうだろうか」と疑問を呈する人物が現れたことから、単純に見えた事件は思いがけない方向に……。
陪審制度もしくはそれに類する制度のない中国ですから、大学で法律を学ぶ学生たちの模擬裁判という工夫がなされています。12人は有罪(無罪)の理由を語りますが、観客は北京という首都に暮らす中高年の倫理観とその背景にあるものを感じていきます。経済急成長下での金銭的成功、激変する社会的価値観と家族の問題、政治闘争時代の記憶、北京ネイティブと新来住民間のあつれき、急増する外来者に対する北京っ子の複雑な感情(偏見も含む)、この年代の人たちが背負っている重荷や過去の政治闘争時代に受けた心の傷などが、観客の前に一つひとつ形を変えて見せられるのです。
ただ一人反対する男はフー・ビン。テレビドラマで活躍するほか、さまざまな映画で脇役を演じてきました。調べてみると私も少なくとも3本の作品で見ているはずですが印象はありません。彼と激しく衝突するのはハン・トンシェン。彼はテレビドラマのお父さん役ですっかりおなじみ。一昨日最終回を迎えたドラマ『虎媽猫爸』でもヴィッキー・チャオ(趙薇)の父親を演じていました。映画では『グォさんの仮装大賞』の息子役も印象的でした。ほかの出席者もみなベテラン俳優で、顔を見たことがあるけど名前は知らないという人が何人もいました。これらの人々にそれぞれに語りどころがあり、違った風格の演技で楽しませてくれました。結末は比較的平凡ですが、それを補って余りある迫力でした。
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市内の道路の中央分離帯に作られた花壇の花もすっかり夏のものになっている | 5月28日からは『哆啦A夢:伴我同行(STAND BY ME ドラえもん)』が公開予定で、同シネコンでもポスターが見られた |
金鶏賞俳優が“留守老人”を熱演!
そして、翌週には『哺乳期的女人』を鑑賞しました。こちらは2013年のモントリオール国際映画祭でイノベーション賞を受賞した作品。ユー・ナンが出演しているということで見に行ったのですが、むしろ少年とおじいさんに魅了されました。タオ・ザールーも数多くの作品に出演しているベテラン俳優で、日本公開作品ではフォ・ジェンチイ監督の『ションヤンの店』(2002)でタオ・ホン(陶紅)演じる主人公の店に通い詰める客を演じた、……と言ってもその顔までおぼえている人は少ないでしょうね。私も忘れていました。
江蘇省の泰州、一面に広がる菜の花畑を縫うように走る水路。少年旺旺(リン・ハオ)は祖父(タオ・ザールー)と船上で二人暮らしをしています。両親が出稼ぎに行ってしまった、いわゆる「留守老人」「留守児童」です。ある日、身体に異常を感じた祖父は検査のため上海に船で向かいます。ところが、上海で見知らぬ妊婦(ユー・ナン)がこっそり乗船し、船内で出産してしまいます。旺旺は母親のぬくもりへのあこがれか性の芽生えか、彼女に強い関心を示しますが、それが祖父も巻き込んだ事件に発展していきます……。
美しく広がる田園風景、船という密室の両極端な背景に、授乳期の女性のほのかなエロチシズムが幻想的に映像化されています。そんな中で、タオ・ザールーのリアルな演技に圧倒されました。祖父という年齢ではあるものの、付き合っている女性もいる男性であり、孫の将来に不安も感じながら、進行する認知症も受け入れていく人物を不自然さなく演じています。さすがは金鶏賞主演男優賞受賞俳優と言いたくなる演技でした。というわけで、中国ベテラン男優、実に多彩、実に魅力的。改めて感じさせてもらった1週間でした。
ところで、今週28日からは日本映画として3年ぶりのロードショーとなる『哆啦A夢:伴我同行(STAND BY ME ドラえもん)』が公開されます。中国の映画ファンにどれだけ受け入れられるか、興味津々です。
【データ】 十二公民(12 Citizens) 監督:シュー・アン(徐昂) 出演:フー・ビン(何冰)、ハン・トンシェン(韓童生)、チエン・ポー(銭波)、ジャオ・チュンヤン(趙春羊) 時間・ジャンル: 108分/ドラマ・犯罪 公開日:2015年5月15日
哺乳期的女人(Feed Me) 監督:ヤン・ヤージョウ(楊亜洲) 出演:タオ・ザールー(陶沢如)、ユー・ナン(余男)、リン・ハオ(林浩)、ヴィヴィアン・ウー(鄔君梅) 時間・ジャンル: 91分/ドラマ・家庭 公開日:2015年5月22日
北京博納国際影城万寿路店 所在地:北京市海淀区復興路51号凱徳晶品ショッピングセンター4階 電話:010- 88178880 アクセス:地下鉄1号線万寿路駅直結 |
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プロフィール |
1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。 1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。 現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。 |
人民中国インターネット版 2015年5月27日