頑張れ「群衆演員」!『我是路人甲』
文・写真=井上俊彦
中国の映画興行は、一時の低迷期を経て現在では庶民の娯楽としてますます人気が高まっています。2014年には300億元近い興行収入を記録し、急成長するマーケットは内外から注目を集めており、国産映画も最新技術や海外の才能を取り入れるなど、さまざまな試みを繰り返しながら、観客に喜ばれる作品づくりに努力しています。そうして出来上がった作品は、従来からの中国映画ファンを楽しませるだけでなく、広く中国に関心を持つ日本人にも中国理解の大きなヒントを提供してくれています。そこで、このコラムでは筆者が実際に映画館で見た作品の面白さや、中国の観客の反応、関連の話題などをご紹介していきたいと思います。ご参考になれば幸いです。
映画スターになりたいなら浙江省へ?!
6月末までの半年間で全国の興行収入は200億元を突破しました。急激な伸びを見せた昨年でさえ135億元だったのですから、今年も絶好調な映画業界です。そして、この週末に公開されたチェン・カイコー(陳凱歌)監督作品『道士下山』は「公開30時間で1億元突破」がニュースになりました。このコラムがスタートした2011年頃には「1億元倶楽部」という言い方が流行し、興行収入1億元以上の作品を持つことが監督のステータスでしたが、もはや「1億元」は時間単位で達成する時代になってしまったというわけです。
景気のいい業界は、当然多くの若者を引き付けます。『道士下山』と共に週末に公開されたのが、そんな若者たちを描いた群像劇です。前者が大スターが次々と登場する大作なのに対し、こちらは主要キャストがみな「群衆演員」(エキストラ、大部屋俳優)という作品。興行収入的には前者にはるかに及ばないわけですが、評判はすこぶる良く、特にトニー・レオン(梁朝偉)やスー・チー(舒淇)といった下積み経験のある俳優たちから映画評や支持のコメントが寄せられ話題を呼んでいます。
雪深い黒竜江省の田舎から俳優を夢見て横店にやって来た万国鵬ですが、現実は厳しく、仕事はあっても汚い服を着て砲弾の中を何度も駆けまわる名もない兵隊の役がせいいっぱい。まさに「3K」の職場で、「群衆演員」を取り巻くさまざまなつらい現実を目の当たりにしますが、兵隊や通行人にもいいところがあります。現場で同じ通行人のかわいい王婷と知り合えたのです。彼は投げやりになっている彼女を明るく支え、彼女も次第に国鵬に心を寄せるようになります。そうして1年が過ぎようとした頃、何かと世話をしてくれている沈凱が大きな役を射止めます。しかし、張り切る彼に予想外の事件が……。
ここで、横店についてちょっとご説明しておきます。横店は日本で言えば太秦のような撮影村で、浙江省の山間にある町を巨大なオープンセットが取り囲んでいます。そのうちの一つは“原寸大”の故宮です。そのほかにも漢代の宮廷から宋代の下町など多数のセットがあり、1996年の開業以来1500本以上の映画、ドラマが撮影されてきました。「東洋のハリウッド」どころか「宇宙一の夢工場」(登場人物のセリフ)なのです。この町では大道具、小道具、衣装などまで完全に産業チェーンができており、2年前には年間延べ30万人余りの「群衆演員」が映画やドラマに出演したそうです。
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この週末公開の大作『道士下山』はワン・バオチャン(王宝強)主演、リン・チーリン(林志玲)、アーロン・クォック(郭富城)、チャン・チェン(張震)らが出演する武侠もので、人気を集めている |
「群衆演員」たちの夢にエールを!
映画制作に必要なものが何でもそろっている場所で撮影され、しかも出演者はみな「群衆演員」ですから、手軽で安上がりに制作できたのでは、と私などは素人考えをしてしまうわけですが、実は制作費はけっこうかかったようです。というのは、経験の少ない出演者には多くの訓練が必要で、そのために多くの経費や時間が必要だったからです。制作には3年、すべて撮影し終えるには16カ月かかったそうです。一方で、スターの名前がない作品の投資家集めは難しく、予算の多くを監督自らが工面したということです。
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横店にある“原寸大”故宮のセット。後ろに山並みが見えなければ、本物で通りそうだ |
数年前に私が訪れた時にも、横店のオープンセットでは時代劇の撮影が行われており、「群衆演員」だけでなく多くの若い撮影スタッフがいた |
作品中では、若い出演者たちがさまざまな言葉で夢や焦り、境遇に対する不満を述べますが、特に強烈な印象を残すのは、大きなチャンスをつかんだ沈凱が直面するあまりに厳しい現実です。「群衆演員」たちにチャンスが少ないことは、観客の私にも容易に想像がつきますが、チャンスが来たとしても、誰もがそれをモノにできるわけではないという事実がこれでもかと見せつけられるのです。この場面が作品全体を引き締めているように感じました。もちろん、全体としては若者たちの夢にエールを送るような展開になっており、さわやかな気分にさせてくれます。
最後にひとつ。監督のコネで、ちょうど横店で撮影中のスターにちょっとお願いしたのかななどと想像してしまいましたが、多彩なゲストも作品の魅力になっています。アニタ・ユン(袁詠儀)、チャン・ジンチュー(張静初)、アレックス・フォン(方中信)、ダニエル・ウー(呉彦祖)、スティーブン・フォン(馮徳倫)などのスターから、アン・ホイ(許鞍華)、アラン・マック(麥兆輝)ら有名監督まで、多数の知った顔が登場してきます。主要キャストの全員が一度も見たことがない顔なのに対して、「路人甲乙丙丁」がみなよく知った顔という、不思議な構造になっていました。
すぐそばには京九鉄道の出発点でもある北京西駅。利用客数全国一を長年続けている巨大ターミナルだ |
【データ】 我是路人甲(I Am Somebody) 監督:イー・トンシン(爾冬陞) キャスト:ワン・グォポン(万国鵬)、ワン・ティン(王婷)、ハオ・イーファン(蒿怡帆)、シェン・カイ(沈凱) 時間・ジャンル:134分/コメディー・愛情・青春 公開日:2015年7月3日
北京世茂国際影城 所在地:北京市海淀区羊坊店路18号光耀東方広場4階 電話:010-57536166 アクセス:地下鉄7、9号線北京西站駅下車、A口から地上に出て羊坊店路を北に進み右手のビル、徒歩6分 |
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プロフィール |
1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。 1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。 現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。 |
人民中国インターネット版 2015年7月7日