新解釈で若者を魅了『西遊記之大聖帰来』
文・写真=井上俊彦
中国の映画興行は、一時の低迷期を経て現在では庶民の娯楽としてますます人気が高まっています。2014年には300億元近い興行収入を記録し、急成長するマーケットは内外から注目を集めており、国産映画も最新技術や海外の才能を取り入れるなど、さまざまな試みを繰り返しながら、観客に喜ばれる作品づくりに努力しています。そうして出来上がった作品は、従来からの中国映画ファンを楽しませるだけでなく、広く中国に関心を持つ日本人にも中国理解の大きなヒントを提供してくれています。そこで、このコラムでは筆者が実際に映画館で見た作品の面白さや、中国の観客の反応、関連の話題などをご紹介していきたいと思います。ご参考になれば幸いです。
“夏休み最大のダークホース”はアニメ!
今年夏休み時期に公開のアニメ映画はなんと18本もあるそうです。主に低年齢層向けですが、先週末公開された『西遊記之大聖帰来』は内容と完成度でアニメにうるさい若者たちを魅了し、“夏休み最大のダークホース”と話題になっています。
この作品、当初は同時期公開にグオ・ジンミン(郭敬明)監督の人気シリーズ最終作『小時代 霊魂尽頭』、話題のアイドル学園映画『梔子花開』という強力なライバルがあったため注目度は低く、上映回数も抑えられていました。しかし、ネットで話題が広がり、火曜日には平日にもかかわらず5000万元以上の興行収入を上げ、上記2作に倍以上の差をつけてトップに踊り出ました。累計でも1億9000万元となり、先日『STAND BY ME ドラえもん』記録した5億円をあっさり更新するアニメ映画になりそうな勢いです。
本当に中国人は『西遊記』が好きだなあと感じます。映画でも一昨年はチャウ・シンチー(周星馳)監督の『西遊記~はじまりのはじまり~』、昨年の正月興行でもドニー・イェン(甄子丹)主演の『モンキー・マジック 孫悟空誕生』がありました。というわけで『西遊記』と聞くといささか食傷気味で、このところ仕事が忙しいこともあり、「まあアニメ映画は見なくてもいいか」とスルーするつもりでした。ところが、何人もの「80後」スタッフから話題をふられ、「まだ見ていないんですか?」とまで言われては行かないわけにはいきません。急きょ、火曜日の退勤後に会社からバス1本で行ける新華国際影城大鐘寺店に向かいました。私は18時からの回を見たのですが、最前列まで埋まっていました。18時05分と15分の回があるにもかかわらずです。見渡すと観客に子ども連れは少なく、圧倒的に若者です。アニメ映画としては異例だと思いますが、女性だけのグループが非常に多く目につきました。実際、私の隣に座ったのも若い女性の2人組でした。
今回の物語では、孫悟空と五行山での封印を解いてくれた少年との冒険が描かれています。孫悟空はこれまでのようにやんちゃなサルではなく、世をすねてクールを気取るキャラクターに設定されています。石に閉じ込められた経験と法力が使えない状況から、自分をクールに見せようとする孫悟空が、理想を抱く少年と出会い次第に自信を取り戻していく姿が描かれているのです。そして、子どもを食べてパワーをあげようとする妖王混沌との戦いの中で、孫悟空が仲間への熱い想いを解き放ち、激しい怒りと後悔によって本物のヒーローに脱皮する姿が描かれています。孫悟空が出会う謎の無邪気な子ども(ま、見ていればすぐに正体に気づくようにはなっていますが)に、観客はすぐに引き込まれ、子どもの表情の変化に近所の席からは「可愛」や「好萌」などの声が聞こえました。
このところ、チケットカウンターではなくホールへの入場口での列が見られる。それほど混雑しているというわけだ。この日新華国際影城大鐘寺店で『西遊記之大聖帰来』の入場を待つ観客 |
先週土曜日『梔子花開』の入場に並ぶ百老匯apm店の観客 |
「これを応援しなくてどうする!」
正直なところ、アニメ通でもなければ、西遊記マニアでもない外国人のおじさんとしては「まあよくできているアニメ作品」かなという感想でした。戦いのシーンはスピード感があり、3Dの効果もよく生かされていると思いました。美術的、音楽的な素晴らしさも感じました。かつての名作『大鬧天空』(大暴れ孫悟空)の水墨画のような味わいを引き継ぎ、古箏をフィーチャーした音楽もマッチしていました。それだけに、ストーリーにもう少し緩急があって、悪役などの人物像をもう少し丁寧に描き込めばもっと物語に入り込めるのではなど、少々厳しい見方をしてしまいました。もちろん、こう言いたくなるのも一定水準以上の出来だからこそで、これまでの国産アニメの中では秀逸な良作と言っていいと思います。前述の若いスタッフたちもそのあたりは冷静に見ており、「最高傑作ではないかもしれないけれど、日本や米国のアニメも見て育った私たちが納得できる国産アニメが、ようやく登場しました。これを応援しなくてどうする、という気持ちなのです」と話していました。
若者の支持をがっちりつかんだ監督はこれが劇場作品初監督の40歳で、若いものの中国の3Dアニメ界ではベテランです。大学卒業後テレビアニメ版『西遊記』の制作に関わり、その後はCGや3Dアニメなどの仕事をしてきました。。その彼が資金問題などに直面しながら4年をかけてようやく完成にこぎつけたのがこの作品なのです。苦労の甲斐あって、作品が強敵を押しのけて大ヒットを記録しているため、この数日で彼は一躍時の人になりました。ラストシーンから、続編が作られるのは確実だと思いますので、今から楽しみです。
この16日からは話題の特撮もの『捉妖記』が公開予定で、各映画館のロビーにはキャラクターも飾られている。これは可愛いのか? |
【データ】 西遊記之大聖帰来(Monkey King: Hero is Back) 監督:ティエン・シャオポン(田暁鵬) キャスト:ジャン・レイ(張磊)、リン・ズージエ(林子傑)、リウ・ジウロン(劉九容)、トン・ズーロン(童自栄) 時間・ジャンル:85分/アニメ・ファンタジー・アクション 公開日:2015年7月10日
北京新華国際影城大鐘寺店 所在地:北京市海淀区北三環西路大鐘寺中坤広場C座3階 電話:010- 82511616 アクセス:地下鉄13号線大鐘寺駅下車、A口を出て東へ、徒歩5分 |
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プロフィール |
1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。 1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。 現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。 |
人民中国インターネット版 2015年7月16日