霍建起監督が描く『1980年代的愛情』
文・写真=井上俊彦
中国の映画興行は、一時の低迷期を経て現在では庶民の娯楽としてますます人気が高まっています。2014年には300億元近い興行収入を記録し、急成長するマーケットは内外から注目を集めており、国産映画も最新技術や海外の才能を取り入れるなど、さまざまな試みを繰り返しながら、観客に喜ばれる作品づくりに努力しています。そうして出来上がった作品は、従来からの中国映画ファンを楽しませるだけでなく、広く中国に関心を持つ日本人にも中国理解の大きなヒントを提供してくれています。そこで、このコラムでは筆者が実際に映画館で見た作品の面白さや、中国の観客の反応、関連の話題などをご紹介していきたいと思います。ご参考になれば幸いです。
美しい湖北省の山村を舞台にした苦い恋
『山の郵便配達』(1999年)などの作品で日本でもよく知られるフォ・ジェンチイ監督の新作が公開されました。物語は1982年の秋から始まります。湖北省最西部にある利川市の公母寨は土家(トゥチャ)族が暮らす小さな集落。県城出身の関雨波は武漢の大学を卒業した後、この地の政府に配属されます。都会を離れ退屈な仕事にやる気の出ない雨波は、退勤後は酒を飲むばかりといういささかすさんだ生活です。ところが、酒を買いに行った供銷合作社(生協の売店のようなもの)で成麗雯と再会します。高校時代の片思いの相手に出会えた雨波は喜び、今も変わらない思いを伝えようとしますが、彼女はまったく相手にしません。実は彼女は、政治的原因で山奥に暮らす父親の世話をするため、大学進学をあきらめてここで働いていたのです……。
何度かご紹介していますが、最近は学生時代を振り返る青春回顧ものにヒットが続いています。1970年代生まれ、80年代生まれの青春を回顧するそれらの多くはドラマチックで、展開がスピーディーです。登場人物が思うままに(最近の言葉で言えば、自分の気持に忠実に)行動し、余すところなく感情をぶつけあう青春が描かれます。そうしたものとは一線を画す1960年代生まれの青春が、この作品にはありました。
同監督の作品としては、『故郷(ふるさと)の香り』(2003年)にかなり近い物語ですが、『故郷(ふるさと)の香り』に比べても大きな転換や事件のない、淡々としたストーリーになっています。この時代、公務員の雨波には仕事や組織の存在が大きく、個人や家庭生活もその上に成り立っていました。同時に、名誉回復が進んでいたとは言え、改革開放以前の政治の影響は残っており、麗雯にも重くのしかかっていました。自らの運命を淡々と受け入れようとして雨波を拒絶する麗雯と、さまざまなしがらみのため一歩を踏み出せない雨波の、距離感のある交流が続きます。
この週末、北京には秋らしい高く青い空が広がった(西紅門駅前の商店街) |
24節気の白露も過ぎて、次はもう中秋節(9月27日)という時期になり、スーパーでも中秋節を祝う飾り付けが |
1980年代前半の若者が背負っていたもの
フォ監督の作品ですから、古い町並みや橋、茶畑などの景色を美しく撮影しているのは言うまでもありません。さらに、炭火の明るさだけの中で話す二人の表情を追うなどのカメラワークも効果的でした。そうした、ゆったりした画面の中で観客を引き付けるのがヒロインの麗雯です。演じた楊采鈺は、最初に登場した瞬間に「あっ、若い頃のコン・リーに似ている。いや、山口百恵だ」と思いました。途中で壁に貼られた三浦友和の雑誌の切り抜きが画面に映りますので、監督も意識しているのだと思います。1992年生まれという若さですが、姿勢がよく、気品のあるたたずまいをしています。冷静で内向的に見えて実は熱い思いを隠している女性を、見事に演じています。調べてみて分かったのですが、なんとタイ出身の華人だそうです。今後に注目したい女優さんです。
三浦友和以外にも時代を示すアイコンが次々と登場してきます。ハモニカとギター、百雀羚クリーム、『大衆電影』雑誌、タゴールの詩集、ヘッドホンステレオ、舒婷の詩集などなどです。ほかにも『ベサメ・ムーチョ』、王洛賓で知られる『永隔一江水』などの歌が印象的に使われており、改革開放初期という時代を強く意識させます。これらのアイコンが当時を知る世代にとってどのような意味を持つのかまで分かれば、さらによく物語を理解できるのでしょう。
また、土家族の民俗にも非常に興味深いものがありました。結婚式の前に花嫁のところに仲の良い娘たちが集まり、みんなで歌い、泣く習俗が登場した時は、北京の観客から笑いがもれました。「おめでたい結婚式になぜこんなことを」という笑いでした。21世紀の大都会に住んでいる若者は、こうした習俗の背景にあるものには関心がないのでしょう。
原作は野夫の同名小説で、私は知らなかったのですが、映画仲間によれば波乱の人生を歩んできたことでも知られる有名な作家だそうです。この作品の脚本は鄭世平となっていますが、これは野夫の本名で、彼の出身地は利川です。主人公が刑務所に入るシーンなどもチラッと出てきますので、かなり自伝に近い物語なのだと思います。野夫は1962年生まれですが、フォ・ジェンチイ監督も1958年生まれと年齢が近く、監督のこの時代に対する思いも込められているのだと思います。高校卒業時、雨波が麗雯の学生かばんに忍ばせたラブレターの行方が、最後に観客を泣かせる仕掛けになっていますが、ケータイやSNSがすっかり普及した現代中国に暮らす若者の目には、いったいどのように映ったのでしょうか。
9月25日には国慶節興行の目玉『港囧』が公開予定。前作の『人在囧途之泰囧』は、当時の中国映画興行収入記録を塗り替えるビッグ・ヒットになっただけに、この作品にも大きな注目が集まっている。 |
【データ】 1980年代的愛情(Love in the 1980s) 監督:フォ・ジェンチイ(霍建起) キャスト:ルー・ファンシェン(蘆芳生)、オラファン・サイトン(楊采鈺) 時間・ジャンル:105分/ドラマ・愛情 公開日:2015年9月11日
北京耀莱成龍国際影城西紅門店 所在地:北京市大興区欣旺北大街8号鴻坤広場6階 電話:010-59542699 アクセス:地下鉄4号線西紅門下車、B口から宏福路を東に徒歩12分 |
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プロフィール |
1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。 1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。 現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。 |
人民中国インターネット版 2015年9月14日