待望のシリーズ新作『港囧』
文・写真=井上俊彦
中国の映画興行は、一時の低迷期を経て現在では庶民の娯楽としてますます人気が高まっています。2014年には300億元近い興行収入を記録し、急成長するマーケットは内外から注目を集めており、国産映画も最新技術や海外の才能を取り入れるなど、さまざまな試みを繰り返しながら、観客に喜ばれる作品づくりに努力しています。そうして出来上がった作品は、従来からの中国映画ファンを楽しませるだけでなく、広く中国に関心を持つ日本人にも中国理解の大きなヒントを提供してくれています。そこで、このコラムでは筆者が実際に映画館で見た作品の面白さや、中国の観客の反応、関連の話題などをご紹介していきたいと思います。ご参考になれば幸いです。
「中秋節→国慶節」書き入れ時の目玉登場!
興行記録を塗り替えた『人再囧途之泰囧』(2012)のシリーズ新作が公開になりました。「囧」は「orz」に相当する、失意や落胆、非常にきまりが悪いことを意味するネット用語で、このシリーズは旅先で主人公がきまり悪い状況に追い込まれるのを笑うコメディーです。今回の旅の目的地は香港ということで、さっそく初日に北京でも最大級の規模を誇る耀莱成龍国際影城五棵松店の夕方の回を予約し、ほぼ満員の観客と一緒に見ました。各映画館では予約段階で満員の回次が続出するなど、社会現象とも言える大ヒットになっています。
下着会社を経営し成功している経営者が、大家族で香港に旅行するところから物語は始まります。妻の蔡菠(ヴィッキー・チャオ)と共に下着会社を経営、自らデザインを手がける徐来(シュー・ジェン)ですが、大学時代は画家志望でした。実は、彼は香港で、妻には内緒で学生時代の初恋の相手に会う計画を持っていました。今では世界的な画家になっている楊伊(ドゥー・ジュアン)と再会し20年来の思いを果たすことが旅行のもう一つの目的だったのです。ところが、家族をテーマにしたドキュメンタリー映画を作るので密着するという妻の弟・蔡拉拉(バオ・ベイアル)につきまとわれ、なかなかに会いに行くことができません。それどころか彼のせいで次々とトラブルに見舞われます。さらに、妻や家族にもそれぞれ徐には隠している香港旅行の目的があったのです……。
この作品では、前作までのようなロードムービー的要素は消え、香港市内を駆け回りながらのドタバタが繰り広げられます。ドタバタ・コメディーなのですが、大爆笑の連続で笑いすぎて涙が出る、というような作品ではなく、クスクス笑いながら、「次はどうなっちゃうんだろう?」「えっ、サスペンスなの?」「それってまさか……」「あーあ、やっちゃったよ」と、さまざまな感情を呼び起こされるようになっていました。そして、最後には「本当は、そういう気持ちだったのか」と、ホロッとさせる人情喜劇的結末。王道のアジア的コメディーだと思いました。前作の大ヒット、この夏の『捉妖記』の作った興行記録を受け、ものすごい期待感の中で公開されましたので、ネットでは「爆笑が足りない」とか「やはりワン・バオチャン(王宝強)がいないと」などの批評も見られましたが、私はとても楽しく、同時にとても興味深く見ました。特に「中年の危機」的状況にいる主人公が、青春時代の思い残しに決着をつけるという展開が印象的でした。がむしゃらに走ってきた時代を振り返り、自分を見つめなおして未来に向かうというのは、高度成長から安定成長への変化の時期を迎えている社会にあって、出るべくして出たテーマかもしれません。
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北京耀莱成龍国際影城五棵松店のロビーは柱まで『港囧』のポスター。全国的にも公開3日間で興行収入6億8000万元という大ヒットになっており、国慶節連休でどこまで数字を伸ばすか注目される。ちなみに、それまでの興行記録を塗り替えた前作は3日間で1億3000万元 |
この日作品を見たのは約250人を収容する大きなホールだが、この広いホールが上映時には最前列を除いて満席になった |
大陸部の人々の目に映る香港を感じる
また、大陸部の人々の目に映る香港地区がよくイメージ化されていて、日本人としても興味深いものがありました。例えば、ポスターでもお分かりの通り、タイトルも極太の筆文字で香港ぽさを出していますし、冒頭のクレジットも縦書で、かつての香港映画の雰囲気です。
映画と言えば、美術学部に通う徐来はアルバイトで映画館の看板描きをしますが、看板の作品は1990年代香港の名作ばかりです。アニタ・ユン(袁詠儀)、ラウ・チンワン(劉青雲)の『つきせぬ想い』(1993)やマギー・チャン(張曼玉)、レオン・ライ(黎明)の『ラヴソング』(1996)などのポスターが目に入ってきます。引っ越しで『ラヴソング』のDVD(VCDかも)を捨てるシーンや、同作のポスターを楊伊に手渡そうとするシーンがあるなど、この作品は徐来の青春を象徴しています。また、インターコンチネンタルホテルの楊伊の部屋が2046号室だったりなど、随所に監督の香港映画に対する思いが感じられます。
また、全編でバックにかつての広東語ヒット曲が流れるのも楽しい演出です。私の隣には高校生くらいの娘とおかあさんが座りましたが、おかあさんはレスリー・チャン(張国栄)やジャッキー・チュン(張学友)、Beyondなどのヒット曲がかかるたび、ほとんど例外なく一緒に口ずさんでいました。すべて広東語の歌詞ですから、カバーではなく、当時オリジナルでおぼえたのだと思います。こんなところからも、大陸部における香港文化の浸透度を感じました。
ほかにも書きたいことはいろいろあるのですが、最後に一つだけ、ヴィッキー・チャオについて触れておきます。この作品では、彼女のコメディエンヌとしての可能性を感じました。とても楽しく可愛らしく、「もっと見たいな、ちょっと出番が少なくないか?」と感じるほどでした。彼女がこうしたコメディーに主演するのは『少林サッカー』(2001)以来十数年ぶりだそうです(ラブコメへの出演はあったと思います)。
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映画館の近くでは、秋らしく菊花展が行われていた |
9月27日は中秋節で、中国では家族だんらんの日。会社近くのショッピングセンター前には月餅販売の特設売り場が設けられていたが、北京らしく「兎爺」も登場 |
【データ】 港囧(Lost In Hongkong) 監督・主演:シュー・ジェン(徐崢) キャスト:ヴィッキー・チャオ(趙薇)、バオ・ベイアル(包貝爾)、ドゥー・ジュアン(杜鵑)、サム・リー(李璨琛) 時間・ジャンル:114分/コメディー 公開日:2015年9月25日
北京耀莱成龍国際影城五棵松店 所在地:北京市海淀区復興路69号卓展ショッピングセンター5階 電話:010-68188877 アクセス:地下鉄1号線五棵松下車、B1口を出て四環路を北へ進み玉淵潭南路を東に、徒歩 10分 |
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プロフィール |
1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。 1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。 現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。 |
人民中国インターネット版 2015年9月29日