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手に汗握る誘拐サスペンス『解救吾先生』

 

文・写真=井上俊彦

中国の映画興行は、一時の低迷期を経て現在では庶民の娯楽としてますます人気が高まっています。2014年には300億元近い興行収入を記録し、急成長するマーケットは内外から注目を集めており、国産映画も最新技術や海外の才能を取り入れるなど、さまざまな試みを繰り返しながら、観客に喜ばれる作品づくりに努力しています。そうして出来上がった作品は、従来からの中国映画ファンを楽しませるだけでなく、広く中国に関心を持つ日本人にも中国理解の大きなヒントを提供してくれています。そこで、このコラムでは筆者が実際に映画館で見た作品の面白さや、中国の観客の反応、関連の話題などをご紹介していきたいと思います。ご参考になれば幸いです。

 

国慶節興行に異変あり 

 

7日間で5000万人を動員、興行収入は18億5000万元(約350億円)を記録した国慶節興行ですが、予想外の事態が起きています。当初は前回ご紹介した『港囧』とルー・チュアン(陸川)監督の怪奇冒険もの『九層妖塔』の一騎打ちと見られていたのですが、ダークホースの『夏洛特煩悩』が大ヒットとなっているのです。これは「開心麻花」というコメディー劇団の同名舞台劇を映画化したもので、スターも出演しておらず宣伝もほとんどされていませんでしたが、公開後に口コミで話題が広がり、連休後半の各日には他の作品を大きく引き離す興行成績を記録しました。10月7日時点で6億元弱となっています。

『夏洛特煩悩』は、私は夢オチのやや古いパターンのコメディーと感じましたが、1990年代後半の高校時代へのタイムスリップや細かな言葉のギャグが若者に受けたようです。それにしても、ルー・チュアンという監督はついてないなと感じてしまいます。前作の『項羽と劉邦 鴻門の会(王的盛宴)』(2012)も『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』と『人再囧途之泰囧』というダークホースが相次いで出現して、興行成績的に期待に応えられませんでした。今回も『九層妖塔』は公開初日こそトップに立ちましたが、先に公開されていた『港囧』に巻き返されたと思ったら、『夏洛特煩悩』のヒットですっかり影が薄くなってしまいました。

さて、そんな強豪ひしめく国慶節興行の中で、異彩を放っているのが誘拐サスペンス『解救吾先生』で、7日までに約1億4000万元と興行成績的にもかなりの健闘を見せています。物語は、北京の不夜城三里屯・工体エリアから始まります。深夜、ナイトクラブを出た香港の映画スター、ミスター呉(アンディ・ラウ)は駐車場で刑事を装った数人に拉致されます。ボスの華子(ワン・チエンユアン)は出所して間もないのにもう誘拐を企てていたのです。ミスター呉は郊外のアジトに連れて行かれますが、なんとそこにはもう一人の被害者がいました。一方、通報を受けた警察は隊長の曹剛(ウー・ルオフー)と刑事の邢峰(リウ・イエ)を中心に捜査を開始、すぐに犯人を特定し足取りを追いますが……。

 

横店電影城の入る王府井百貨ビル

横店電影城は好立地とリーズナブルな価格で若者や家族連れに人気がある。最近では発券機利用者が多いためか、発券機コーナーがきれいに整備されていた

  

アンディ・ラウが縛られたまま熱演 

物語では誘拐ものにありがちな身代金受け渡しをめぐるアクションやカーチェイスなどはほとんどなく、警察と犯人の神経戦がストーリーの主軸に置かれています。そして、比較的早い段階で華子が逮捕されたことが明らかにされますが、彼がどのように逮捕されたのかは示されず、人質も救出されていない様子です。このため、観客は緊張状態に置かれたまま、犯人を追う刑事やとらわれた状態の人質を見せ続けられます。そんな中で、見張りと鎖で縛られたままのミスター呉のやり取りが、観客の緊張をややほぐしてくれます。ファンだという見張りに答える形でミスター呉が語るのは、アンディ・ラウの作品や私生活を連想させるセリフで、観客は思わずクスっと笑ってしまうのです。ところが、笑っているうちに本当にアンディが拉致されているような錯覚をおぼえ始め、物語により引き込まれていきます。アンディの迫真の演技と計算された演出が光ります。そして、『鋼のピアノ』(2011)で評判を呼んだワン・チエンユアンの演技にも素晴らしいものがありました。逮捕されても駆け引きを続ける華子のふてぶてしさに、スクリーンに向かって本気で腹を立てた観客も多いと思います。

実はこの作品、2004年に実際に起きたスター誘拐事件をもとにしています。しかも、なんとこの映画に隊長役で出演しているウー・ルオフーこそ、その被害者なのです。彼はチェン・カイコー(陳凱歌)監督の『大閲兵』(1987)で6人の兵士の一人(呂純)を演じたことでも知られる有名俳優で、テレビドラマなどでも活躍しています。私はこの事件を知らなかったのですが、地元北京の観客はいっそうのリアリティーを感じたようです。リアリティーと言えば、昨年の『白日焰火(薄氷の殺人)』、先日の『烈日灼心』など、このところ犯罪映画にはリアリティーを感じさせる秀作が登場しており、これまでにないユニークな脚本や演出の工夫に、中国映画の新たな勢いを感じます。

 

 
国慶節の飾り付けは65周年だった昨年に比べてどこも控えめで、長安街では9月3日の軍事パレード時の飾り付けがそのまま使われていた 国慶節連休中のこの日、北京市内でも最も有名な繁華街の王府井には地方からの観光客が押し寄せたいへんな混雑だった

 

【データ】

解救吾先生(Saving Mr.Wu)

監督・主演:ディン・シェン(丁晟)

キャスト:アンディ・ラウ(劉徳華)、リウ・イエ(劉燁)、ワン・チエンユアン(王千源)、ウー・ルオフー(呉若甫)

時間・ジャンル:106分/犯罪

公開日:2015年9月30日

 

王府井のショッピングセンターには買い物客が詰めかけちょっとしたイベントにもこの人だかり。冬物準備の時期でもあり、外国資本のアパレルショップなどが大にぎわいだった

 

北京横店電影城(北京王府井店)

所在地:北京市東城区王府井百貨大楼北館8階

電話:010-65231588

アクセス:地下鉄1号線王府井下車、A口を出て王府井大街を北へ、徒歩8分

 

プロフィール

1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。

1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。

現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。

 

人民中国インターネット版 2015年10月9日

 

 

 

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