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ジャ・ジャンクー監督の新作『山河故人』

 

文・写真=井上俊彦

中国の映画興行は、一時の低迷期を経て現在では庶民の娯楽としてますます人気が高まっています。2014年には300億元近い興行収入を記録し、急成長するマーケットは内外から注目を集めており、国産映画も最新技術や海外の才能を取り入れるなど、さまざまな試みを繰り返しながら、観客に喜ばれる作品づくりに努力しています。そうして出来上がった作品は、従来からの中国映画ファンを楽しませるだけでなく、広く中国に関心を持つ日本人にも中国理解の大きなヒントを提供してくれています。そこで、このコラムでは筆者が実際に映画館で見た作品の面白さや、中国の観客の反応、関連の話題などをご紹介していきたいと思います。ご参考になれば幸いです。

 

ストーリー映画として「初」公開?!

 

この数年来、11月11日独身デーに向けてラブコメなど恋愛ものが多く上映されています。今年はジェン・カイ(鄭)とアンバー・クォ(郭采潔)主演の『前任2 備胎反撃戦』が最もヒットしていますが、それでもこの週末3日間で興行収入1億元強と、いささか平凡な成績です。

そんな週末に、私は日本でもよく知られるジャ・ジャンクー監督の新作『山河故人』を鑑賞しました。感想から先に言わせてもらうと、派手さはありませんが感動が残る素晴らしい作品でした。どうやら私と同じ感想の人は多いようで、ネットの評価ポイントも公開当初より上昇しています。すでに2週目に入っていますが、ホールは(上映回数は多くありませんが)ほぼ満員で、前日に予約したのですが端の席しか取れませんでした。同監督の新作が公開されるということで、メディアでも早くから話題になっており、報道では「完全なストーリー映画としては、同監督作品で初めて中国でロードショー公開された」との文言も見られました。ドキュメンタリーの手法を取り入れた『四川のうた』(2008)や『海上伝奇』(2010)は公開されていますが、前作『罪の手ざわり』(2013)などはこちらでは公開されませんでしたので、こういう書き方になったようです。

描かれているのは、山西省汾陽を舞台に1999年の春節から始まる男女の物語で、日本で間もなく映画祭上映されます。これに合わせて優れた評論家や記者の方々が詳しく解説・批評されるでしょうから私はストーリーには触れず、この作品をたいへんに楽しんだという山西省出身の同僚にも話を聞き、舞台となっている「山西省」について少々解説させていただくことにします。

 

秋も深まり、北京市内のイチョウもすっかり色づいている 

先週金曜日には初雪が降りいよいよ冬の訪れを感じさせた(写真・孫雅甜) 

 

 

あの時代と今の山西省

 

冒頭では、地方色豊かな春節の様子とともに1999年の山西を観客に見せています。ヒロインの沈濤(チャオ・タオ)らの会話の中にマカオ返還の年であることを気づかせるセリフがあり、また張晋生(チャン・イー)が赤い新車のサンタナでやって来るシーンがあるなど、時代を感じさせます。これが登場した瞬間に、私の真後ろの席の30代後半かと思われる男性が「おっサンタナだよ」と声をもらしましたが、当時は高級車とされていて、中国の人々にとって印象深い車種だそうです。山西省はこの時代に石炭産業で発展し、晋生のように石炭で成功する者も多く現れました。そして、冒頭のダンスで流れる『Go West』は90年代に流行したディスコを思い出させる曲、CD3連装のミニコンポでかかるサリー・イップの『珍重』は物語より少し早い時期の人気曲だったとのことです。

春節のステージで披露されるのが、傘を手に歌う「唱傘頭」で、傘を道具にした郷土芸能は山西省西部から陝西省北部にかけて広く存在するようです。同僚によると、山西省では北部と南部で文化や言葉がかなり違うそうで、この作品で話されるのは北部系統の言葉とのことです。そして、チャン・イーの話すのは「勉強した言葉」ですが、ヒロインを演じるチャオ・タオが山西の出身だというのは最初のセリフを聞いてすぐに分かったそうです。一方、北京出身の同僚は「字幕があって助かった」と話していました。こちらではコメディードラマやバラエティーなどを中心に四川方言や東北方言はよく耳にしますが、山西方言は珍しく、北京人でもなかなか聞き取りづらかったようです。

物語の舞台となる汾陽市は山西省中部にあり、名酒・汾酒の産地として全国的に知られます。物語でも、随所で酒瓶が見られます。途中に出てくる「陽明堡」駅は、汾陽からは省都太原を越えて北に200キロ以上離れた忻州市に属する小さな町にあります。この間で救急車を走らせるのに1万2000元(最近のレートで約23万円)を要求するのは、かなりふっかけている感じがします。また、人物の背後を高速鉄道の列車が通過するシーンがありましたが、山岳地帯が多く交通が不便だった山西省も今では高速鉄道網が整備され、北京-太原間は最速2時間半余りで結ばれています。同監督初期の作品では、工事中の高速道路や高速鉄道がよく画面に登場していましたが、今ではそれらはみな完成し経済の大動脈となっているのです。そしてそれらは、山西にも大きな発展と変化をもたらしましたが、この作品を見て、この時代に人々が得たものと失ったもの、守ったものと捨てたものについて考えさせられました。

 

 11月11日の「独身デー」に向けて、地下鉄駅の広告もネットショッピング一色に

今年の「独身デー」の一番人気作品は『前任2 備胎反撃戦』で、前作を上回るヒットになっている 

 

【データ】

山河故人(Mountains May Depart)

監督:ジャ・ジャンクー(賈樟柯)

キャスト:チャオ・タオ(趙濤)、チャン・イー(張訳)、リャン・チントン(梁景東)、トン・ズージエン(董子健)、シルビア・チャン(張艾嘉)

時間・ジャンル:126分/ドラマ

公開日:2015年10月30日

 

北京耀莱成龍影城・王府井店は地下1階にある 

 

北京耀莱成龍影城・王府井店

所在地:北京市東城区王府井大街301号燕沙ショッピングプラザ地下1階

電話:010-65273227

アクセス:地下鉄1号線王府井下車、C口から王府井大街を北へ徒歩1分

 

プロフィール

1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。

1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。

現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。

 

人民中国インターネット版 2015年11月10日

 

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