教科書と教室を超えて
郭熙賢=文
1987年9月14日、中国初の電子メールがドイツに向けて送られた。6日間かかってドイツに到着したそのメールには、「長城を越えて、世界と繋がる」と書かれていた。
それから37年がたった今日、私たちはスマホやパソコン一つあれば世界のどこからでも情報を簡単に得られるようになった。教育の分野もインターネット技術の発展に伴い、時間や空間の制約を超え、より公平で質の高い、そして生涯学習を可能にする方向へと進化を遂げている。
地域格差の解消と教育公平化
2011年に師範大学を卒業した劉凡さんは、高校数学の教師として教育機関に就職した。インターネットが教育業界にもたらした大きな変革に伴い、彼女のキャリアも大きく左右された。
香港言愛基金は08年9月から中国の地方政府や企業と協力し、貧困地域に220校以上の公立学校「思源学校」を設立した。劉さんの所属する機関もそのプロジェクトに関わっている。事前調査で彼女は100以上の学校を訪れ、時には高速鉄道や車、さらには三輪トラックを乗り継ぎ、辺鄙な地域まで足を運んだ。
嵩県思源実験学校がある河南省嵩県は、20年まで国家レベルの貧困県に指定されていた。95%が山地の土地だ。16年に同校が設立されたが、当時は県内の他の学校と比べても教育水準はかなり低いものだった。教師の能力も生徒の基礎学力も低く、教育資源の不足が大きな課題だった。しかし劉さんは、ここに通う子どもたちの知識欲が都市の子どもたちよりも強いことを実感していた。
17年の夏休み、学校は54のスマート教室に2600台のタブレットを導入し、優れたカリキュラム(9)をタブレットに保存して生徒が自主学習できるようにした。また、「双師(ダブルティーチャー)教室」を導入し、北京などにいる一流教師がリモートで授業を行い、現地の教師が日常的な指導を行う体制を整えた。
3年の努力の結果、嵩県思源実験学校の進学率は大幅に向上し、県内のトップ校に匹敵するレベルにまで達した。こうして多くの優秀な生徒や教師がさらに大きな舞台で活躍する機会を得ることができた。
劉さんの記憶に深く残っているエピソードがある。思源学校の教師と生徒を連れて北京の学校に見学に行った際、多くの生徒たちにとってそれは初めて山を越えて見る外の世界だった。全てが新鮮でありながら、どこかおびえている様子を見せる生徒たち。だが河南に戻った後、もともと内気な女子生徒がクラス全員の前で自己紹介をし、学級委員に立候補するという勇気を見せたことを、ある先生が興奮した様子で劉さんに教えてくれたのだ。「このような変化は、目に見えないところで少しずつ進んでいくものです。彼らが得た知識や広がった視野は、一生の財産になるかもしれません」と劉さん。
インターネット技術の発展により、都会でも田舎でも、ネットさえ繋がっていれば豊富な学習資源にアクセスできるようになった。現在、全国の小中学校(授業拠点を含む)のインターネット接続率は100%に達しており、99・5%の学校にマルチメディア教室が整備されている。昨年末時点で、国家スマート教育公共サービスプラットフォームは閲覧回数が367億回を超え、アクセス者数は延べ25億人に達し、世界最大の教育資源バンクとなったのだ。また、オンライン公開講座(MOOC)の数は7万6000件を超え、学習者数は延べ12億7000万人に上る。
インターネットの発展に伴うこの十数年について、劉さんは「時代が私たちを変え、私たちも時代を変えているのです」と語る。インターネットは地域格差を縮め、教育の公平を実現する希望を人々に与えた。
個性に適した指導の強化
北京職遞教育科技有限公司の郭暁東総経理は、キャリア教育に携わって11年になる。インタビュー前も、オフィスではスタッフがひっきりなしに電話対応をしており、「お子さんはおいくつですか?」や「どのようなトレーニングをお考えですか?」といった声が次々と聞こえてくる。
郭さんがキャリア教育に初めて関わった頃は、インターネットのインフラがまだ不十分で、教育業界で広く活用するには限界があった。教室を確保し、生徒を集めて録画した授業を見せる。もしくは教師がウイーチャットのグループでPPTの画像を1枚ずつ送信し、音声で簡単な説明を添える。それがオンライン教育の現場だった。
「以前は企業向けの試験対策をしていましたが、今はキャリア教育に特化しています」。郭さんは、これまでの認識の変化が個別指導のニーズを強調するものだと語る。キャリア教育は、以前の試験対策や試験前の短期集中型の学習ではなく、学習から就職活動、さらには職場での成長まで、学習者のキャリア全体をサポートするものになっている。学習者の背景知識はそれぞれ異なり、企業の職務要件もさまざまだ。郭さんには、各学習者に合わせたオーダーメードのプログラムを提供することが求められている。
新型コロナウイルス感染症拡大期間中、安定した高速インターネットへの接続や大容量のデータ処理が可能なサーバー・データベースの普及により、オンライン教育が不可欠な教育形態へと変わった。多くのオンライン教育プラットフォームは、学習効果をさらに上げるために学習者の個性に適合した指導のニーズに対応するシステムを提供するようになった。学習者はオンラインテストや評価を通じて自分の学習進度や能力レベルを把握し、学習戦略を調整することができる。教師もオンラインで学生の質問に答え、弱点に焦点を当てた指導が可能になった。
さらに、キャリア教育では授業の他に膨大な情報の分析とマッチングが必要だ。従来は多くの労力と時間を要した作業が、大量のデータを迅速に処理できるビッグデータ分析モデルの登場により、効率的に行われるようになっている。
キャリア教育の特殊性から、実践での活用度も求められる。ある国有企業の社員研修プロジェクトでは、郭さんのチームはヒューマンロボットインタラクション技術を研修に導入した。これにより全国各地の学習者の表情をリアルタイムで捉え、授業の効果を分析できるだけでなく、VRゴーグルやコントローラーを使って溶接などの実技研修を体験できる環境を提供した。実技研修が紙の資料や教師のデモンストレーションに留まっていたかつての状況と比べると、これは画期的な進化だといえる。
郭さんは、インターネットの進化により、メタバースやビッグデータなどの新しい技術が教育のあらゆる側面に取り入れられ、顧客の多様なニーズが満たされるようになり、学習者も個性を伸ばす教育を受けるようになったと語る。
教育に対する認識の転換
インターネットが空間と時間の壁を打ち破ったことで、知識を得る手段はもはや教科書や教室に留まらず、「全民教育」や「生涯学習」という理念がますます多くの人々に受け入れられるようになっている。
北京で働く張奇さんは最近、公認会計士(CPA)の試験勉強をしている。彼女は会計専攻で、学生時代からCPA試験を受け続けているものの、まだ合格していない科目が二つある。普段は仕事が忙しく、試験勉強は休みの時間を使うしかなく、毎日2時間の通勤時間は貴重な勉強時間となった。「みんな一生懸命です。地下鉄ではイヤホンをつけてオンライン講座を聞いている人をよく見掛けます」。これは大都市で働く人々にとって、もはや日常的な光景だ。
仕事や家庭、生活などさまざまな要因が絡み合う現代では、学習時間がますます断片化している。そんな中、インターネットとスマートデバイスの普及により、さまざまなシチュエーションで学習することが可能になった。このような柔軟性は、仕事と学習の両立を実現しやすくしただけでなく、各自自分に合ったペースや学習スタイルを選ぶことも可能にしている。
教育資源の多様化により、人々は自分の興味やニーズに応じて自由にコースを選ぶことができるようになった。インターネット業界の先駆者の一人であるソウフ・ドット・コム (SOHU)の創設者、張朝陽氏は、21年に物理のライブ授業を始め、多くの若者たちの注目を集め、瞬く間に大きな話題を呼んだ。彼は「物理学の進展の多くは議論から生まれるものであり、ライブ配信のインタラクティブな教育は、以前は学術界だけで議論されていた難解な内容を、一般の話題や言語に転換する役割を果たしている」と率直に語る。
前出の郭さんは、最近仕事の合間に『馮唐が語る「資治通鑑」』という番組を聞くことに夢中になっている。彼はここ数年、さまざまなネットプラットフォームやソーシャルメディアが普及し、教育の壁が取り払われつつあると感じている。「以前は教育と言えばK12(初等中等教育の12年間)や大学教育が中心でしたが、今では誰でも学べるし、学ぶ手段があり、学びたいという意欲もあるのです」と郭さん。
22年5月に開設された国家開放大学の生涯学習プラットフォームでは、103万件を超える質の高い学習資源を提供しており、6100万人以上の幅広い年齢層の人々の多様で個性的な学習ニーズを満たしている。
今年の世界デジタル教育会議で発表された「デジタル化進展における中国の学習型社会構築報告」では、2035年までに全国の郷鎮・街道(地方の行政単位)でデジタル化されたコミュニティー学習センターを整備し、家庭単位でデジタル化・スマート化された学習環境を普及させるとしている。また、95%の家庭がコンピューターやスマートフォンで高速インターネットに接続し、デジタル生涯学習を支援する体制が整う予定だ。「いつでも学べる、どこでも学べる、誰もが学べる」社会が徐々に実現しつつあるのだ。
インタビュー中、郭さんは「革新」という言葉を何度も口にした。「インターネット+教育」は、単に既存の教育がネットに移行しただけではなく、教育の新しい段階であり、技術によってもたらされた教育の革命的な変革でもある。郭さんは単なる授業やライブ配信を超えて、インターネットが社会全体における教育の認識を根本から変えつつあると語る。