博物館——文化財の見せ方に創意工夫
李家祺=文
真夏日の北京でも、博物館に向かう人々の足は止められない。中国国家博物館西門の外では、早朝から100㍍余りの日除けテントが設けられ、全国各地のさまざまななまりを持つ人々が蛇行する列をなす。
館内に入ると、さらなる「熱気」が押し寄せてくる。各大ホールの人混みは言うに及ばず、文化クリエーティブグッズの棚まで観光客が十重二十重にひしめきあい、飲食エリアは黒山の人だかり、自動販売機にまで長い列ができている。
近年、中国では「博物館ブーム」が続いている。統計によると、昨年の中国の博物館入場者数は延べ14億人以上で、2023年の12億9000万人の記録を塗り替えた。今年のメーデー連休(5月1~5日)の入場者数は前年同期比17%増の延べ6049万1900人で、博物館目当てに都市を訪れるというのが新たな観光のトレンドとなっている。
「生きた」歴史を体験
「私は過去を知り未来を読み通す古蜀の民だ。今日はそなたらを神秘の古蜀王国に招待しよう……」。夜のとばりが降りると、金沙遺跡から出土した黄金の仮面のオブジェのそばで、「太古」からの呼び声が響く。荘厳たる古蜀の音楽が鳴り響く中、光線が闇夜を切り裂き、「古蜀人」が聖なる舞いを披露し、来場者を3000年以上前の古蜀王国にいざなう。
これは四川省成都市にある金沙遺跡博物館が企画した「金沙ナイトツアー・古蜀へタイムトラベル」という博物館を舞台にしたストーリー仕立てのガイドショーだ。スタッフがシナリオに基づいて詳しく解説しながら、光の陰影を使って芸術的な演出を見せる。観覧客は解説員扮する「古蜀人」から、古蜀の文明と歴史の魅力を身近に感じられる。
「こんな素晴らしい演出は初めてです」。広州から成都に旅行に来た蔡さんは興奮気味に語る。「博物館ナイトツアーではとても不思議な体験ができました。それに人間によるショーとインクルーシブな解説で、文化財がまるで『生き返った』かのようでした」
現代の博物館は従来の展示方式を覆し、マルチでインタラクティブな体験によって観覧客の好奇心に火を点けている。
洛陽古墓博物館は中国で唯一、皇帝の陵墓や昔の墓、副葬品、石刻彫刻や壁画を総合的に展示する大型専門博物館だ。地下6㍍の空間には、可能な限り移転復元した前漢から南宋までの墓25基が展示されている。観覧客はその間を通って、墓の構造や彫られた文様を間近で観察し、1000年前の葬儀文化と社会の様子をうかがい知ることができる。
館内では数々のインクルーシブな体験ができる。「墓で宝を探し、地底の迷宮を探検する」では、壁画の復元、拓本、臨摹ができる。マーダーミステリー『古墓探秘』では、観覧客が考古学者や探検家などのキャラクターを演じて歴史を再現できる。「古墳舞踊復活記」音楽会は、現代によみがえった葬儀の舞踊を実際に見られる芸術的催しだ。
これらのほかに、デジタル技術が文化財を全く新しい次元に「生存」させている。
昨年9月に四川省広漢市の三星堆博物館が正式に始めた「三星堆を探る――祭祀坑発掘現場」という大規模VRインクルーシブ型探索プロジェクトでは、デバイスを装着した観覧客が仮想現実空間で自由に移動、探索ができ、現実と同じ方法で三星堆の発掘現場に「降臨」できる。
また、博物館の展示の境界も広がり続けている。
陝西省の西安咸陽国際空港がある洪瀆原地区は、漢代から唐代まで長安の近郊だったため、重要な古墳群となっている。
今年2月、空港の第5ターミナルビルにできた敷地面積6400平方㍍の西部空港博物館が正式に一般公開され、空港の建設中に発掘された文化財を一堂に展示した。
館内には機械のアナウンス音声の代わりに伝統楽器の調べが流れ、温かな照明がターミナルビルの冷たい静寂を中和している。唐代の建築様式を模した斗拱と飛檐が大唐時代にタイムスリップしたかのような感覚を味わわせてくれる。
これまで、文化財の保護とインフラ建設は別の分野と見なされていた。時代が進むにつれ、一部の都市の空港は文化財を展示し始めた。しかし現地で出土した文化財を展示する空港内の博物館は、西部空港博物館が世界初だ。
時間に追われる航空客にとってこの博物館は西安と陝西省の文化を知れる重要なきっかけだ。とある文化財博物館愛好家は、出発、到着、乗り継ぎいずれか1時間の見学時間をつくっても、絶対にもとを取れると語る。
侮れないSNSでのバズ
かつては寂れていた北京古代建築博物館は、たった一枚の「天宮藻井」の冷蔵庫マグネットによって運命が一変した。この文化クリエーティブグッズの爆発的ヒット後、博物館の来館者数は毎日のように記録を更新し、一躍、人気博物館となった。
「藻井」とは建築物内部の天井を覆う、井戸状に隆起した装飾で、主に宮殿、寺院の玉座や仏殿の上部といった重要な位置に取り付けられる。北京古代建築博物館の藻井マグネットは、この館内に所蔵されている万善正覚殿天宮藻井をモデルにしている。
天宮藻井マグネットは全部で5層で、各層ごと現物を忠実に再現したデザインになっている。1層ずつバラバラにすることも、元通りに重ねることも可能だ。底部には蓄光素材が使われ、暗闇の中、柔らかな光を放つ。
多くの観光客がこのマグネットから「藻井」とは何かを知り、さらに文化財自体に強い興味を抱く。文化クリエーティブグッズとは博物館の「動く展示物」であり、博物館の文化体験を切り開くばかりか、博物館文化を現代の生活により良く溶け込ませている。
一方、インターネット時代では多くの文化財がリアルの制限を突破し、より多くの地域とグループに波及している。
洛陽博物館に展示されている高さ17㌢の「彩絵陶牽手女俑」(北魏)は、頭の左右でまげを結い、頬紅をさした2人の女性が手をつないで並ぶ姿を表現しており、無数にある人形の文化財の中で目立つ存在ではなかった。しかし5月頃からこれがSNS上でブームになり、「千年の親友」として親しみを込めて呼ばれるようになり、洛陽博物館の名物の一つとなった。ショート動画プラットフォームでは「千年の親友とツーショット」などの関連動画の再生数が1億回を突破。コメント欄では学者が古代の服装の変遷を説明するなどし、多くの観光客がその前で撮影した「親友との写真」を投稿した。
観覧客がよりスムーズに観覧できるよう、博物館側も即座に対応し、その「女俑」を最後の展示室の独立ケースに入れて観覧の動線を改善し、観覧客のさまざまなニーズに応えた。
SNSが力強く推し進める中、個性的な文化財や面白い文化クリエーティブグッズ、または拡散力があるユーザーの投稿は、博物館を一気に流行させるパワーを秘めている。
江西省景徳鎮にある中国陶磁器博物館の「言葉にならない菩薩」(沉思羅漢像)は、その独特な表情と外見で瞬く間にネットに広まり、スタンプになり、多くの「労働者」の共感を呼んだ。さらに江蘇省南京市の城壁博物館に展示されているれんがに刻まれた職人の名前が、中国の有名映画スター「劉徳華」(アンディ・ラウ)と同姓同名だったことから、大勢の観光客が押し寄せた。
博物館も「おごり」を捨てて、オンラインに進出している。今年1月に発表された「2024年抖音(ドウイン)博物館年間データ報告」によると、昨年の抖音上での博物館関連のコンテンツ数は引き続き増加、昨年末までに政府機関と公的機関のアカウントとして公式認証を取得した博物館は前年同期比17%増の856館に上る。文化クリエーティブグッズとSNSというダブル助っ人が博物館に新たな宣伝の扉を開き、伝統文化に新たな息吹をもたらしている。
連携で展示品にさらに光を
博物館同士の強い連携が「博物館ブーム」を後押ししている。各館がそれぞれの所蔵品、研究分野、展示企画の強みを生かすことで、資源共有と相互補完を果たし、文明の対話は時空を超えた広がりを見せている。
上海市の浦東美術館では、6月から10月にかけて「現代への道 パリ・オルセー美術館所蔵の傑作展」が行われる。これはオルセー美術館が中国で開いた規模が最大で、展示品が最高級の展覧会だ。展示される1848年から1914年までの100点余りの傑作の中には、オルセーが所蔵する主要な芸術流派のほぼ全てが含まれている。ゴッホの『アルルの寝室』や『自画像』、ミレーの『落穂拾い』、ゴーギャンの『タヒチの女たち』などの名画が上海に集結しているので、中国人はパリに行かずとも有名芸術作品を鑑賞することができる。
昨年9月から今年2月にかけて、浙江自然博物院と日本の福井県立恐竜博物館が共催する「浙江・福井恐竜展」が浙江自然博物院で開かれた。浙江省は中国南東部で出土する恐竜の化石の種類が最も豊富な省であり、福井県は日本の有名な「恐竜の郷」だ。これは浙江自然博物院にとって初めて引き入れた海外展覧会であり、福井県立恐竜博物館の化石が初めて海外に展示されたことをも意味している。両館の最新の発見と研究結果を展示したこのイベントに、大勢の地元市民が押し寄せたばかりか、省外の恐竜ファンたちもこのために杭州に駆け付けた。
博物館は歴史を保存するだけではなく、未来を創る役割もある。従来の展示の限界を打ち破り、さらにマルチな鑑賞方法を模索することで、より生命力が満ちあふれていく。都市の文化的ランドマークになる博物館が増えている昨今、「館」を目的地とする観光も増え続けるだろう。