「戦争をしない国」から対中軍事路線へ 米国の戦略に組み込まれる日本の危うさ
東アジア共同体研究所所長・理事 孫崎享(談)
米国の戦略に組み込まれる安保政策
第2次世界大戦後の日本は、「本当に戦争をしない国」として歩むことを選択しました。その理念は憲法9条にも表れています。幣原喜重郎首相(当時)が、マッカーサーに戦争放棄の条項を憲法に入れたいと説明し、平和主義の規定が盛り込まれたのです。
この思想は、その後の政治家にも引き継がれてきました。田中角栄元首相も、「戦争を知らない世代が日本の中枢を担うようになった時が非常に心配だ」と言っています。その頃、戦後日本の平和主義を批判する人はほとんどいなかったと思います。
状況が変わったのは冷戦終結後です。米国は自衛隊を自らの戦略に都合の良い形で利用したいと考えるようになりました。それまで日米間で語られてきたのは「日本の米軍基地をどう使うか」が中心でしたが、1993年から95年ごろにかけてはより具体的に「ソ連崩壊後の基地の位置付け」が検討されるようになり、日本を米国の戦略に一体化させる流れが生まれました。
その流れが一つの形として確立したのが、2005年です。日本側の外務大臣と防衛大臣、米国側の国務長官と国防長官が合意を交わす「2プラス2」の文書が作られ、その内容は「米国の戦略のために自衛隊をどのように使うか」でした。当時の米国にとって、アフリカや中近東を中心とする軍事行動に日本をどう組み込むかが焦点でした。
当時の米国は中国を本当の敵とは認識していませんでしたが、中国の急速な経済発展と軍事力の強化を受け、最大の敵をロシアから中国に転換しました。やがて中国を仮想敵国ナンバーワンとする安全保障政策が形成されましたが、米国だけの力では中国に対抗できないということで、日本などを使って中国に対抗しようとする動きが強まったのです。
こうした流れを受け、日本国内でも「中国脅威論」が強化されました。26年版の防衛白書では中国を「これまでにない最大の戦略的な挑戦」と位置付け、中国の軍事動向に「深刻な懸念」を示す表現が引き続き盛り込まれるとメディアでも報じられています。
しかし中国の軍事力の拡大イコール日本への軍事的脅威の増大というわけでは決してありません。世界各国はおのおのの戦略的環境のもと、軍事力を整備しています。中国も同様で、巨大な米国の軍事力を背景に、米国が世界各地で軍事力を行使する環境を考慮する必要があるのです。よって、日本が過去の中国との合意を順守する姿勢を持てば、中国との軍事衝突の可能性は極めて低いと言えるでしょう。
にもかかわらず、現在の日本は中国の脅威をあおり、軍事力強化を進めています。これは日本を取り巻く安全保障環境から自然に生じたものというより、中国を最大の軍事的脅威と位置付け、これに対峙するために日本などを利用しようとする米国側の戦略の一環と見るべきです。結果、日本の安保政策は東アジアの緊張を一段と高める方向へ進んでいます。
さらに現在の日本の対中政策は、米国のトランプ大統領よりも対抗的な方向に進んでいるようにも見えます。その背後にあるのは、米国の軍需産業や国防省を中心とするグループの影響です。トランプ大統領自身は日本にそれほど強い関心を持たず、軍需産業や国防省が主導する対日政策を事実上容認していますが、高市首相や小泉防衛大臣のような政治家はこうしたグループと連携し、日本の政策を中国に対してより強硬な方向へ傾けているのです。この流れが短期間で大きく変化する可能性は決して高くありません。
こうして日本は、従来の「戦争をしない国」から、「中国をターゲットとした戦争をする国」へと動かされていきました。日中間の多くの問題は外交によって解決可能なはずですが、現状の日本は、その道から離れつつあります。
軍事対決路線が損なう国益
日本が中国と軍事的に対決する事態になれば、日本にミサイルが飛来することは避けられないでしょう。軍事対決は日本の国土に甚大な被害をもたらす可能性があり、その流れを作ることは、平和的な協力関係を阻害することにもつながります。よって日本の国益は大きく損なわれます。
経済面でも、中国との良好な関係をあえて損なう理由は全くありません。購買力平価ベースはGDPを測る客観的指標の一つですが、国際通貨基金(IMF)の統計によれば、25年の購買力平価ベースにおける中国の名目GDPが41兆2000億ドルであるのに対し、米国は30兆7000億ドルです。米国よりも大きな経済市場を持つ国と、良好な関係を築かない理由はありません。
もう一つ重要なのは、中国の科学技術研究が非常に進んでいることです。オーストラリア戦略政策研究所によると、64の重要戦略技術分野のうち、中国は57分野がトップ、対して米国は7分野にとどまっています。
軍事的な対決路線は、中国との経済的・技術的な協力関係も阻害します。対中軍事対決の線上に入ることは、長期的に見て戦争被害の危険を高めるだけでなく、平時の日中協力を日本自身が受け入れにくくすることを意味し、日本経済にも深刻な悪影響を及ぼします。
歴史認識が課題
今日の日中関係が緊張している最大の問題は、高市首相の一連の発言が、1972年の日中共同声明の基本を覆している点にあります。日中共同声明の骨子は、中国側の立場を理解し尊重することだけではなく、ポツダム宣言の遵守を明記していることです。ポツダム宣言にはカイロ宣言の遵守が含まれています。カイロ宣言には、台湾や澎湖諸島のように、日本が奪ったものは中国に返すと書かれています。
中国に返すというのは当時の中華民国との約束でしたが、その後、中華民国から中華人民共和国へと政権が移ったため、中華人民共和国がその権利を引き継いだという理解になります。つまり台湾は中国に返されたものということになり、日本は台湾の独立を支援しないという約束もしています。しかし高市発言には軍事行動を取る可能性を示す内容が含まれています。これは日中共同声明を根本から覆すものだと言えるでしょう。
歴史認識の面にも重要な問題があります。例えば、日本人に「日本の軍事行動で何人の中国人が亡くなったか知っていますか」と聞いても、答えられる人はほとんどいません。日本が中国でどれほどの損害を与えたのか、金額的に説明できる人も多くありません。だから東京裁判を語る時にも、日本が与えた被害を前提に議論できないのです。
必要なのは、歴史をしっかり伝えることです。過去にどのような事実があったのかを示し、それをどう考えるのかを問い掛け、事実を丁寧に伝えていくことこそが、日中関係の改善に向けた第一歩だと言えるでしょう。(李一凡=聞き手)
人民中国インターネット版