項羽と劉邦の対決『鴻門宴伝奇』
文・写真=井上俊彦
「今、中国映画が絶好調です。2008年には43億人民元だった年間興行収入は、10年には101億と急上昇、公開本数も増え内容も多彩になっています。そんな中国映画の最新作を実際に映画館に行って鑑賞し、作品だけでなく周辺事情なども含めてご紹介します」
「鴻門の会」が迫力のアクション映画に
いよいよ、中国映画界はお正月興行に入ってきました。中国のお正月興行はクリスマス、正月時期の前期と、春節(旧正月)の後期に分けていいかと思いますが、来年は春節が1月23日と比較的早いため、映画界にとっての書き入れ時が立て続けにやって来る感じです。
そのお正月興行第1弾でも特に注目が集まっているのが『処刑剣 14 BLADES』(原題『錦衣衛』)が今年日本でも公開されたダニエル・リー監督の最新作『鴻門宴伝奇』です。秦末に覇を競う2人の英雄の物語で、劉邦を呼び出し宴会の中で切り殺そうとする項羽と、それを守ろうとする劉邦の部下たちの息詰まる攻防でよく知られる名場面を映画化しています。日本でも「鴻門の会」として高校の漢文の教科書で『史記』の一節が扱われているほか、司馬遼太郎の人気小説『項羽と劉邦』にも登場するため、ご存知の方も多いはずです。
この作品を、インターネット部の若い女性スタッフ2名と誘い合い、退勤後に職場から行きやすい北京青年宮影劇院で見ました。彼女たちよると、中国では京劇などの演目として誰もが知る物語で、罠の仕掛けられた宴会の意味で現代でも使える言葉だそうです。例えば、思いがけない人から結婚披露宴に招待された場合、「ご祝儀を取られるだけの『鴻門宴』に呼ばれちゃったよ」などと冗談が言えるとか。ちなみに、中国では『鴻門会』と言うことは少なく、一般には映画のタイトルのように『鴻門宴』とされているようです。
さて、物語は漢代から始まります。若い皇族たちが先祖の運命を変えた鴻門宴が行われた場所を参拝に行くと、そこに謎の人物が登場し、伝わっているものとは違う物語を語り始めるのです。歴史書に書かれた『鴻門宴』に隠された秘密という意味で、映画のタイトルには後ろに「伝奇」とつけたようです。確かに、予想外の仕掛けやアクション、悲恋がクローズアップされ、独特なストーリーになっていました。
むしろ外国人の私が改編に不寛容
しかし、特に中国史マニアというわけではない私でも、項荘の剣舞や樊噲の乱入、そして誰も見たことのないその時の宴会料理をどのように表現するのかは、大いに期待するところでした。しかし、予想に反して剣舞の場面はほんの少し、樊噲のかかわり方も歴史書とは違い、さらに宴会料理に至ってはまったく登場しないのです。これには正直、いささか落胆しました。
一方で、予想もしていなかった囲碁による神経戦、項羽が素晴らしい豪傑ぶりを見せるアクションなどがあり、アクションで鳴らすリー監督だけにさすがの演出でした。そして、チャン・ハンユー演じる張良とアンソニー・ウォンの范増という2人の軍師同士が仕掛ける深遠な戦術など、驚きの要素も数多くありました。一方で期待を裏切られ、一方で予想以上の驚きを与えられるという、不思議な体験をしました。
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ロビーには『鴻門宴伝奇』のディスプレーが |
彼女たちと共通の感想もありました。それは、項羽を演じたフォン・シャオフォンのかっこよさです。槍や剣を持っては並ぶ者のない強さを持つ覇王の迫力と、虞姫(リウ・イーフェイ)に対する愛を貫く中で見せるもろさの両面を見事に演じています。悲劇のヒーロー項羽のイメージにぴったりということで意見が一致しました。実は彼は、最近中国で大ヒットしたタイムスリップドラマ『宮』で人気になったのですが、この映画ではドラマとはまったく違う演技を見せていました。これからの活躍が大いに期待できそうです。
映画を見終わった後で食事をしながら感想を話すのは楽しいものですが、今回は歴史ドラマに対する見方の違いが新鮮でした。次は、彼女たちと日本の時代劇を見てみたいものです。
データ |
鴻門宴伝奇(White Vengeance) |
監督:ダニエル・リー(李仁港) |
キャスト:レオン・ライ(黎明)、チャン・ハンユー(張涵予)、リウ・イーフェイ(劉亦菲)、フォン・シャオフォン(馮紹峰)、アンソニー・ウォン(黄秋生) |
時間・ジャンル:135分/歴史・アクション |
公開日:2011年11月29日 |
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プロフィール |
1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。 1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。 現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。 |
人民中国インターネット版 2011年12月6日