忘れられない市場の楽しみ
吉住 美幸
2011年8月19日に2年9カ月暮らした北京を離れ、帰国。先日やっと船便の荷物が届いた。大量のダンボール箱の中から出てくるわ出てくるわ、北京で買った食器や茶器、洋服にバッグに靴、そして、「買う必要あったの?」と問われると返答に困る、でも可愛い雑貨たち。これらはほとんど、北京の市場で買ったものだ。そう、私の北京生活は、市場抜きには語れない。
初めて「秀水市場」を訪れた時のことは、今でも鮮明に覚えている。「交渉大変だよ」「結構強引だよ」とうわさには聞いていたけれど、ほんとにその通り。店員とちょっとでも目を合わせると「要什么!?」。「ミテミテ!」「ヤスイヤスイ!」と日本語でまくし立てられ、腕をつかんで放してくれない。一軒目ですっかりおびえてしまった私は、通路のできるだけ中央を誰とも目を合わせないように歩くのが精一杯。「今後ずっとこんな買い物するのか…」と、日本の「定価」への懐かしさが一気にこみ上げた一日だった。
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北京の東郊市場で買い物する筆者 |
1981年、福岡県生まれ。初の中国訪問は高校二年生の北京への修学旅行。西南学院大学在学中に第二外国語で中国語を選択、三年生の夏休みに長春へ短期研修で訪れる。2008年、夫の転勤に伴い、三度目の北京へ。2011年8月帰国。 |
しかし、落ち込んでばかりもいられない。定価がないのなら、自分の納得する値段で買うまでだ。友人たちと共に情報交換・実践の日々が始まった。友人情報による事前の値段把握は当たり前。複数個買う時は、「じゃあ3個買うから。10元?じゃあ5個!ダメ?10個買うから1個8元にして~!」。なかなか下がらない時は、「じゃあいいや」と遠ざかるふり。「また来てね」と言った相手が顔を覚えているうちに本当に「また行く」と、他のものも安くしてくれたり。ある時は店のおばちゃんが抱いている孫をほめ、またある時はお腹がタポタポになるまで試飲のお茶を飲みながら値段交渉。中国語の練習にもなるし、安く買えるし一石二鳥だ。もちろん時には失敗もする。店員さんからブリブリ怒られたり、安く買えたと喜んでいたら次の日壊れたり。980元からやっと400元まで下げた洋服が、別の店で最初から200元で売られていたのを見た時は、悔しいやらおかしいやらで夜はなかなか寝付けなかった。
「また買ったん?」と夫にあきれられることもしばしばだった私のショッピングライフ。確かにお土産購入にかこつけて自分のものを買ったこともある。茶器なんか、すでに我が家の小さな食器棚の三分の一を占領している。交渉が面倒で市場から遠ざかっていた時期もあったけれど、それでもやっぱり、人々の生活感あふれる市場めぐりは楽しい。売り物の椅子で昼寝をしているおじさん、赤ちゃんをあやしながら店を切り盛りするお姉さん、「家で食べなさい」と、ヒマワリの種をいっぱい持たせてくれたおばちゃん。北京で買ったものを見るたびに、彼らを思い出す。陳列されたものをカゴに放り込むのとはまた違った買い物、そしてコミュニケーションの醍醐味を楽しめた市場。次回北京を訪れた時にもまたいい買い物ができるように、日本でも練習を積んでおこうかなと思っている。
人民中国インターネット版 2012年2月15日