中日仏教交流ドラマ『不肯去観音』
文・写真=井上俊彦
ここ数年、興行収入急上昇の勢いは止まらず、ますます多くの作品が公開され、さまざまな話題が生まれている中国映画です。そこで、このコラムでは地元・北京の人々とともに映画館で作品を鑑賞し、新作や映画界の話題を紹介していきます。同時に、そこで見聞きしたものを通して、北京の人々の生活も感じ取っていければという姿勢で映画館通いをしていきますので、お付き合いいただければ幸いです。
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ポスター |
夏休み真っ最中の今、『ホワイトハウス・ダウン』や『ワイルド・スピード6』などの海外作品や、アニメなどがヒット中ですが、そんな中、ぐっと地味なテーマの作品が公開されています。
唐代、梅岑山(現在の浙江省普陀山)の余秀峰は体の弱い光王・李怡の身を守る秘色(ひそく)磁観音像を焼き上げますが、同じ時に蓮池で生後間もない女の子を発見し、蓮妹と名付け育てます。20年後、蓮妹(リー・チュン)は善良で慈悲深い娘に育ち、人々はこの娘が観音様のようだとうわさします。その頃、五台山(山西省)にありがたい観音像があると知った日本の橘皇太后(中野良子)は、戦乱を治めるため僧の恵萼(えがく/中泉英雄)にこれをいただいて来るよう命じます。しかし、彼が到着した唐では、武宗が廃仏令を出して仏教を弾圧し、自らの帝位をおびやかす光王(後の宣宗/ニエ・ユアン)に刺客を差し向けていました……。
フィクションのドラマですが、浙江省の舟山群島にある普陀山が中国四大仏教名山となった発端には、実は日本と大きなかかわりがあったという史実がベースになっています。西暦800年代半ばに日本の僧侶恵萼が五台山から観音像を日本に持ち帰る途中ここで座礁。観音像が日本に行こうとしないからだと考え、ここに観音像を安置したことからこの地で仏教がさかんになったそうです。
映画では、恵萼の度重なる渡唐、唐の武宗が道教に傾斜し行った仏教弾圧(会昌の廃仏)、光王が仏教関係者の助けを得て武宗の攻撃から身を守ったなどの史実がドラマの背景に使われています。一方で、蓮妹が観音像を救い姿を消したなどの民間伝承もストーリーに組み込まれています。さらに、武宗が差し向けた追っ手と光王を守ろうとする人々の対決など、映画ならではのアクション要素もあってドラマチックに展開し、観客を飽きさせません。
若手俳優たちの熱演もドラマを盛り上げる
主演はチャン・イーモウ監督の『金陵十三釵』(2011年)で女子学生の身替りになる13人の1人を演じたリー・チュン。観音様が使わしたとされる蓮妹を演じて清潔感がありました。安徽省蕪湖市出身で北京電影学院卒業といいますから、ヴィッキー・チャオ(趙薇)の同郷の後輩ということになります。光王を演じるニエ・ユアンは「新四小生」にも数えられる人気上昇中のイケメン俳優。ドラマ『三国』(2010年)では趙雲を演じるなど、着々とキャリアを重ねています。この作品では、武宗の猜疑心をかわすための愚鈍なふりから、自分のために他人が苦しむことに悩む表情、即位後の堂々とした皇帝ぶりまで見事に演じ分けています。
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上海や杭州では記録的な猛暑となっているが、北京もこの日は37度を記録 |
地下鉄朝陽門の駅前ではハスの実も売られていて、季節を感じさせてくれる |
そして日本の僧侶・恵萼(「慧愕」とする説もあるそうです)を熱演するのは、『南京!南京!』(2009年)『東京に来たばかり』(2012年)などで中国映画ファンにはおなじみの中泉英雄です。完璧な僧ではなく、人間的なもろさと向き合いながら成長していく僧を演じて存在感があります。彼が成熟したことを際立たせるための存在である無骨な若い僧を演じた黒木真二も印象的でした。そして、こうした若い俳優たちを、スーチンガオワー、中野良子といった中日の大御所がきっちりサポートしています。
仏教文化と中国伝統文化が融合する大きな愛を描くドラマであり、地方の宣伝的意図もある作品だと思われますが、ほかにもいろいろな角度から読み解くことができそうです。考えてみれば、観音像は“日本に行かないことで普陀山を中国有数の仏教の聖地にした”というわけで、中日の長い交流の中でも異彩を放つエピソードではないでしょうか。そして、現在のような中日関係の時期にこの作品が公開されたというのも興味深いことです。
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北京ではちょうど街路樹のエンジュが花盛りで、風が吹くと白い小さな花が雪のように舞い落ちる |
猛暑の中、街角では係員が街路樹に水やりをする様子も見られた |
なお、こちらでは「怪力乱神」、つまり神や仏が不思議な力で奇跡を起こすようなことについては、比較的厳しい倫理性を求められるせいか、本編にはド派手なスペクタクルはありません。
【データ】 不肯去観音(Avalokitesvara) 監督:チャン・シン(張鑫) キャスト:リー・チュン(李純)、中泉英雄、ニエ・ユアン(聶遠)、スーチンガオワー(斯琴高娃)、中野良子、ニウ・ベン(牛犇) 時間・ジャンル: 117分/歴史、ドラマ 公開日:2013年7月26日
北京博納影城朝陽門旗艦店 所在地:北京市朝陽区三豊北里2号悠唐生活広場B1 電話:010-59775660 アクセス:地下鉄2号線、6号線朝陽門駅徒歩7分、A口から朝陽門外大街を西に進み外交部南街を南へ |
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プロフィール |
1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。 1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。 現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。 |
人民中国インターネット版 2013年7月29日