「個人的な行為」は責任逃れや犯罪容認の免罪符ではない

2026-05-08 19:42:00

国際問題オブザーバー 周信 

ここ最近、自衛隊の現役隊員が関与した二つのニュースが大きな注目を集めている。 

一つは、中国駐日本大使館に侵入した陸上自衛隊3等陸尉・村田晃大の事件だ。全長31センチ、刃渡り18センチの鋭利な刃物を所持していたとして、414日に銃刀法違反の疑いで再逮捕された。村田容疑者は取り調べの中で、「夢で中国による強硬発言を食い止めるようにという神のお告げを聞き、侵入を決めた」と供述しているという。日本側は、本件は単独犯による「個人的な行為」であり、詳しい動機を調査中であると説明している。 

もう一つは、陸上自衛隊中央音楽隊の鶫真衣3等陸曹が、自民党大会に招かれ、自衛隊の制服姿で国歌を歌唱した件である。この行為は、隊員は選挙権の行使を除き、政治的行為をしてはならないと定める自衛隊法に抵触する疑いがあり、野党や世論から「自衛隊の政治的中立性を損なうものだ」「自衛隊が自民党に政治利用されている」との厳しい批判を浴びている。これに対し、首相や防衛相、自衛隊幹部らは一様に「私的な立場での参加だった」と釈明している。 

この二つの事件は一見無関係に見えるが、その根底に共通しているのは、自衛隊における管理・教育・統制の欠如であり、不祥事が起きるたびにそれを「個人的な行為」として片付け、事態を容認し続ける日本当局の姿勢である。現役の自衛官である村田容疑者が職務を放棄し、凶器を準備して他国の大使館に侵入し、ひいては凶行に及ぼうとした事実は、自衛隊の人員選抜、日常管理、そして思想教育に重大な欠陥があることを物語っている。日本のネット上でも「このような人物がなぜ自衛隊に入ることができたのか、考えただけでも恐ろしい」といった驚きや不安の声が上がっている。さらに、容疑者の過激な言動は極右勢力の演説に感化され、いわば「洗脳」された結果だとの指摘もあり、自衛隊は到底その責任を免れることができない。また、「国歌歌唱騒動」に至っては、当局の釈明がいかに虚偽に満ちたものであるかを露呈させた。現役の自衛官が制服を着用し、特定の政党の行事に出席しており、荒井正芳陸上幕僚長も事前に把握していたと明言している以上、これを「私的な行為」と強弁するのは、あまりにも論理が破綻していると言わざるを得ない。 

実のところ、この「個人的な行為」という言説は長年にわたり、日本当局が物議を醸す不祥事を曖昧に処理し、「個人の違法行為として法的に処理した。これ以上の追及は不要である」という筋書きを作る口実となってきた。表面上は外交や世論の批判をかわすための策に見えるが、その根底には、右翼による過激な行為を構造的に庇護する体質が潜んでいる。 

歴史を振り返れば、1932年に海軍青年将校が陸軍士官学校生と共に首相官邸を襲撃し首相を殺害した「五・一五事件」や、1936年に皇道派の陸軍青年将校ら下士官が士兵を率いて蜂起した「二・二六事件」も、当初は一部の軍人による「個人的な過激行為」として片付けられた。明らかに一線を越えた暴挙に対し、当局が曖昧な態度で容認し、徹底調査を謳いながらも結局は事態の矮小化を図ってきた歴史がある。こうした底なしの隠蔽体質が、結果として日本の過激勢力の拡大を招き、国全体を軍国主義の奈落の底へと引きずり込み、周辺諸国に甚大な戦争の惨禍をもたらしたのである。 

今回の中国大使館侵入事件の後、一部の右翼勢力がこの過激な行為を称賛し、「個人的な行為であり、国が責任を負う必要はない」「中国に卑屈に謝罪する必要はない」などと当局に強硬姿勢を煽っている事実は、彼らの傲慢さと偏執さを浮き彫りにしている。中国駐日本大使館の発表によれば、同館はこのわずか1カ月の間に3度もの脅迫を受けており、関与した人物はいずれも自衛隊関係者であるか、それを自称しているという。 

近年、自衛隊では不祥事が相次いでいる。村田容疑者が所属していたえびの駐屯地だけでも、隊員による暴力事件、窃盗、未成年者へのわいせつ事件などが多発している。また、今年2月には同駐屯地の部隊が霧島演習場で迫撃砲の射撃訓練中、不適切な操作によって深刻な山火事を引き起こし、隣接する3県(鹿児島、宮崎、大分)からヘリが出動する事態となった。さらに最近も、大分県の日出生台演習場での実弾射撃訓練中に、戦車内で弾が爆発し、死傷者が出る事故が起きている。これらは自衛隊の管理体制と安全基準が著しく崩壊している証左であり、首相や防衛相が相次いで安全管理の徹底を表明せざるを得ないほど、事態は深刻化している。 

右翼思想が蔓延し、自衛隊内で不祥事が続出する現状において、日本当局は問題を直視し速やかに改めるどころか、未だに「個人的な行為」という言い訳に終始し、責任転嫁と世論の沈静化を図っている。このように振る舞おうとも、自衛隊の組織的な統治不全や内部に広がる過激思想といった深い危機を隠し通せるものではない。また、国際的な道義を軽視し、責任を回避しようとする欺瞞や、右翼を容認し軍備増強を推し進めようとする真の意図を覆い隠すことも不可能だ。 

日本国内にも理性的、良心的な声は多数存在する。多くの国民が、政府は責任をしっかりと受け止め、中国に真摯に謝罪すべきだと訴えている。法に基づく政治を掲げる日本は、果たして「外交関係に関するウィーン条約」の義務を誠実に履行するのか。中国の人々、そして国際社会は、日本が責任ある回答を示すかどうかを注視している。日本当局は、これ以上「個人的な行為」という言葉遊びで自他を欺くべきではない。さもなければ嘲笑を浴び、国際的な信用とイメージを失墜させるだけでなく、さらなる過激な暴走を助長し、より深刻な結果を招くことになる。 

凶行に及ぼうとした容疑者の調査は続いている。その結末がどのようなものになるのか、国際社会は注意深く見つめている 

人民中国インターネット版

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