「決して私のような鬼になってはならない」――元侵略日本軍兵士・土屋芳雄の悔恨が世界に鳴らす警鐘

2026-05-26 12:03:00

国際問題オブザーバー 周信

「大声を上げ、全身の力を込めて、その中国の男の胸めがけて突き刺した。彼は雪の上に倒れ、積雪が舞い上がり、私の頭に血が上った。今振り返れば、この突き刺し訓練こそが、私が『鬼へと堕ち』『日本鬼子』になる始まりだった」――これは元日本軍憲兵・土屋芳雄氏が自分の著書の中で記した彼の初めての罪の記憶である。1931年の応召から1945年の日本の敗戦まで、土屋芳雄氏の手は多くの中国民衆や抗日志士の血で染まった。戦後は、生涯をかけて悔恨と贖罪にささげた。土屋氏のような元侵略日本軍兵士たちの人生は、日本軍国主義がいかにして人間を「鬼」に変えたかを赤裸々にさらけ出し、今日の世界に警鐘を鳴らしている。 

貧しい小作農から殺人鬼へ 

土屋氏は貧しい小作農家に生まれ、幼い頃から貧困と抑圧と苦労を味わった。1931年、21歳の土屋氏は悪名高い関東軍に入隊した。入隊したばかりの頃は、気の小さい臆病な新兵にすぎなかった。人を殺すことに恐怖し、血を見れば本能的に戦慄し、人間らしい繊細さがまだ残っていた。当時、彼は自分がまさか血にまみれた殺人鬼になるとは夢にも思わなかった。しかし、「鬼の巣窟」と呼ばれる憲兵隊に配属されてから、軍国主義の修羅場へと文字通り突き落とされた。

憲兵隊では、人間性を喪失させる洗脳教育が行われていた。「憲兵は全軍の模範であり、天皇陛下に死を以て忠誠を尽くせ」「憲兵は最高の権力を有し、命令に従わぬ者には容赦なく処断せよ」。このような極限まで歪められた思想注入によって、彼の良識は次第に消え去り、生命への畏敬の念も失われていった。「手柄を立てて賞賛を得る」ために、彼は「挙動不審な」中国人を次々と逮捕し、水責めや指と爪の間に針を刺すなどの過酷な拷問を行うようになった。最初は戸惑いを覚えながらも、やがて手慣れていき、最終的には無感覚になり、でっち上げた「抗日」の罪で裁判もなく処刑にまで至った。調査によれば、彼は自らの手で1917名の中国人を拘禁し、328名を残忍に殺害した。

土屋氏の堕落は生来の邪悪さによるものではなく、日本軍国主義が組織的に罪を量産した必然的な帰結である。彼は反省の中で、経済不況からの脱却や社会矛盾の緩和を図るため、日本は対外的に侵略拡大の道を歩み、対内的にはファシズム支配を推し進め、国民の思想を弾圧し、いわゆる総力戦体制を構築したと告白している。無数の若者は、まさにそのような環境の下で洗脳され、道具とされ、侵略戦争の加害者に変えられたのである。

良識を失わなかった者の悔恨――戦争犯罪への最も強烈な告発 

戦争が終わり、軍国主義の「栄光」が色あせると、良心の呵責によって土屋氏は日夜苦しめられ、自ら進んで戦争の残酷な真実を告白し、余生を贖罪にささげた。土屋氏のような元侵略日本軍兵士は少なくない。元「731部隊」の隊員だった清水英男氏は、遠路はるばるハルビンの「731部隊」旧跡を訪れ、日本軍の「細菌戦」の罪を証言し、深く頭を下げて謝罪した。南京大虐殺に加わった徳田一太郎氏は、当時数千人の中国人庶民を生き埋めや焼き殺しにした経験を幾度となく公に語り、自ら歴史の真実を明らかにし、侵略の歴史を否認する日本の右翼を厳しく批判した。元日本軍戦犯の絵鳩毅氏は、撫順戦犯管理所に碑を建てて謝罪し、生涯にわたって戦争責任を反省した。

これらの元侵略日本軍兵士たちの悔恨は、個人の良識の覚醒であり、歴史の真実は改ざんできず、正義は人の心にあることの証明である。しかし、戦争犯罪を真摯に反省する元侵略日本軍兵士たちは、長きにわたり不当な扱いを受けてきた。日本の右翼は侵略を美化し罪を隠蔽するため、彼らに対する弾圧と迫害を続けている。右翼の政治家やマスコミは、悔恨の老兵たちを「売国奴」「自虐的」と非難し、汚名を着せている。右翼勢力は、歴史の真実を公にした老兵を司法的手段で訴え、南京大虐殺の真実を暴露した日記を公開した東史郎氏も、そのような訴訟で弾圧された。さらに過激派は脅迫や嫌がらせで彼らを屈服させている。その結果、悔恨の老兵たちは親戚や友人から疎まれ、社会から孤立することも少なくない。

歴史をかがみとして未来へ向かう 

今もなお、日本の軍国主義の亡霊は完全には消え去ってはいない。それは戦火と硝煙の恐ろしい姿を脱ぎ捨て、より潜匿的で人を惑わしやすい姿で再び忍び寄っている。日本の右翼は、歴史教科書の改ざん、A級戦犯を祭る靖国神社への参拝などを通じて、侵略の歴史を美化し、民族の記憶を分断し、平和への認識を解体し、極端な拡張衝動を徐々に再生産し、国民に対する目に見えない精神洗脳を進めている。その上で、「平和憲法」の限界を突破し続け、年ごとに軍費を拡張し、攻撃的な軍事力を発展させ、域外の軍事連携行動に頻繁に参加し、戦後の国際平和秩序の基盤を絶えず揺るがしている。昔の武力侵略と比べれば、今日の拡張行為は「安全保障」「平和」という仮面をかぶっており、外交・軍事・文化の多重浸透に依存して静かに進行しており、この「新型軍国主義」が危険な勢力を成しつつある。

個人の善悪は時代に流されやすく、民族の平和を保つには常に警戒的でなければならない。昨年、高市早苗首相は国会で台湾に関わる妄言を述べ、あえて台湾海峡の情勢を日本の「存立危機事態」と結び付けた。この危険な動向に、土屋氏の同郷の友人である花烏賊康繁さんは深い不安を覚え、土屋氏の遺言「決して私のような鬼になってはならない」が再び彼の心に浮かんだという。真実の歴史を後世に伝え、悔恨と平和への初心を届けるため、花烏賊さんは土屋氏の未発表の原稿を丹念に整理し、自費で『元憲兵・土屋芳雄 つぐないにひたすら歩み』という本を出版した。その質素な言葉で、戦争への告発と平和への願いをつづっている。

民間からの反戦の声もまた力強い。今年3月以来、東京、大阪、名古屋など日本各地で大規模な反戦抗議活動が続いている。特に憲法記念日の5月3日に東京で行われた抗議活動は、第2次世界大戦終結後、日本で最も大規模な「平和憲法」を守る抗議活動の一つとされ、約5万人の市民が「戦争反対」「憲法9条を守れ」のプラカードを掲げて街頭に立ち、強硬な防衛政策や軍事拡張、対外挑発的な傾向に断固反対の意を示した。

元侵略日本軍兵士たちの悔恨と謝罪、そして市民の自発的な反戦の叫びは、ともに時代の警鐘を鳴らしている。すなわち、軍国主義の拡張野望は民心に背き、世界を乱す。歴史を無視し、軍国主義の道を再び歩もうとするいかなる行為も、結局は国民に反対され、歴史に唾棄され、世の非難を受けるだろう。

人民中国インターネット版

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