大興安嶺の奥深くに約6.7万haの人工林 70年で荒れ山が豊かな山林に
8月の大興安嶺はすでに涼しくなっているが、木々は青々と茂っている。内蒙古(内モンゴル)自治区の大興安嶺にある阿爾山市伊爾施鎮の東山を訪れると、空気の中に緑の爽やかな香りが漂い、見渡す限りカラマツが空に向かって伸び、松葉のふかふかしたカーペットにはキクラゲやキノコがびっしり生えていた。中国新聞網が伝えた。
阿爾山は林業の開発が早くからスタートした地域で、かつては略奪的な伐採が行われ、森林資源が破壊され、原始林がほとんど伐採され尽くしていたエリアもある。現在でも、哈拉哈河上流の一帯を行くと、当時の伐採によって残された人の背丈の半分ほどの黒い杭が目に入る。
1950年代、阿爾山の森林地帯で働く人たちが荒れた山に木を植え始めた。人々は毎日、道具を担ぎ、重さ数十キログラムの苗木を背負い、山を越え川を渡り、数時間歩いて植林地に向かった。「共産党員の森」、「学生の森」、「母の森」、「希望の森」などは、その時代の「生き証人たち」だ。
1992年、阿爾山は同自治区で初めて人工造林面積が約6万7000ヘクタールの地域になった。97年には全国6つの重要国有林エリアで初めて森林の商業伐採を全面的に停止した地域になった。
「植林2代目」に当たる伊爾施林場党委員会書記を務めた曹林濤氏は取材に対し、「ここで最初に植えられた木はすでに樹齢70年になる。この広大な人工林の面積は1万8000ヘクタールを超える。阿爾山全体で、こうした人工林は合わせて約7万1000ヘクタールになる」と述べた。
現在、かつて荒れ山の再生に取り組んだ者たちは高齢になってきたが、緑を植えるバトンは次の者たちへ受け継がれている。ここでは毎年、補植や植え替えが行われている。春になると、すべての機関が植林の任務を与えられ、小学生も小さなバケツを持ち、先生に連れられて植林にやって来る。
「植林3代目」に当たる林鵬さんは取材に対し、「植林や山林の保護は私たちの骨に刻み込まれた習慣であり本能になっている。私たちは『1人につき1本の木を受け持つ』プロジェクトを実施している。1997年に3年生だった時にトウヒの木を1本植えると、すくすく育って、今では時間があると山に登ってその木を眺めている。私たちはこうやって世代ごとに緑を守り続けてきた」と話した。
00後(2000年代生まれ)で「植林4代目」に当たる安政新さんは、小さい頃から森林地帯の話を聞いて育ってきた。大学を卒業すると実家に戻り、現地の森林資源管理センターで森林調査員になった。
阿爾山森工公司の党委員会書記で会長の張暁超氏は、「最初、厳しい生態環境に直面した私たちはすべての人を動員し、みんなで一緒に努力し、数世代を経て、人工植林約6万7000ヘクタールを実現した」と誇らしげに成果を紹介し、「今では、私たちの任務は『豊かな山林を継承し、豊かな山林を守る』へと転換した」と述べた。
2023年、伊爾施林場は阿爾山中国・モンゴル国境経営管理保護センターに名称が変わった。これはその職責と職能も変化したことも意味する。
現在、現地では約6万7000ヘクタールの人工林に基づき、中国認証排出削減量(CCER)のプロジェクト開発を積極的に探求している。70年間で荒れ山が豊かな山林に変わり、大興安嶺のグリーン事業には明るい未来が期待できる。(編集KS)
「人民網日本語版」2024年8月19日