中国革命の精髄に触れ

2026-10-21 14:29:00

木村知義=文 

書物で読んだ文字がまるで命を吹き込まれたかのように実体を持って立ち上がって、まぶたの奥にそして胸の内に迫ってくる……。 

「長征の道を共に歩む」合同取材活動に参加する機会を得て、長征の歴史を伝える現場にたたずんで抱いた感慨です。 

今回の長征考察の旅では、長征の重要な通過点であり「最終局面」ともいえる甘粛省において、臘子口、哈達鋪、岷県に残された毛沢東の旧居(「毛沢東長征旋窩旧居」)そして会寧と、いずれも重要な意味を持つ歴史的現場に立って、長征の意義について考えることになりました。 

そこでの実感をひと言に凝縮すれば、長征には中国革命の精髄が宿り、90年の時を経て、今なおその精神、思想が息づいているということです。 

今回の旅に出るに当たっては、少しばかりの「予習」もしました。世界的規模に「長征」を伝えたエドガー・スノーの『中国の赤い星』にはじまり、日本において1960年代に『中国革命長征史』を著した岡本隆三氏(元横浜国立大学教授)の著作、そして自ら長征のルートを実際にたどり、生存する元長征兵士らに取材したジャーナリストのハリソン・E・ソールズベリーによる大部の著『長征――知られざる真実』などを本棚から取り出して読み返しました。しかし、とてもではありませんが、活字だけから、この壮大かつ複雑な経過をたどった長征の全体像を捉えることはできませんでした。それが、現場に立つと、紅軍兵士たちの命を賭した闘いの光景、極限状況というべき苦境、困難を乗り越えた喜びの姿、紅軍兵士たちを迎える各地の人々の様子などがまぶたの裏に浮かんでくるような想像力をかき立てられたのです。 

1935年9月、紅軍が国民党軍のトーチカによる防御を突破し、北へのルートを切り開いた臘子口では、見上げるばかりの切り立った断崖絶壁を決死隊が登り、国民党軍の頭上から奇襲をかけて、「一夫関に当たれば、万夫も開く能わず」といわれた難所を突破することができたと聞きました。長征の帰趨き すうを決する重要な激戦の地だったのです。臘子口戦役記念館では、玄関ロビーに立つ毛沢東、周恩来、朱徳ら9人の立像を前に、長征の歴史の重みをひしひしと感じました。 

臘子口を突破して進んだ哈達鋪では、国民党軍の猛烈な追撃と情報遮断によってどこに向かうべきかを見失っていた紅軍が、国民党側の新聞を入手して、つぶさに分析することで、陝西省北部に紅軍が根拠地(陝北革命根拠地)を維持していることを読み解き、長征の最終目的地を見いだし、歴史的転換点となったことを、哈達鋪会議旧址に陳列されている当時の「大公報」のコピーを見ながら興味深く知ることになりました。また、毛沢東の中央紅軍(第一方面軍)と猛将賀龍が率いる第二方面軍、徐向前が指揮する第四方面軍の合流を記念し、会寧には鄧小平の筆による「中国工農紅軍第一、二、四方面軍会師記念塔」と記された塔が立ち、その近くの紅軍長征勝利記念館に展示されている資料も長征の起点から終着点まで、つまり長征の勝利に至る軌跡を集大成して知ることができるものになっていました。さらに、毛沢東旧居の前に立って、ノートに書き写してきた毛沢東の『七律・長征』を読み返し、紅軍の不屈の精神と壮大な長征の歴史ドラマを反すうしたのでした。 

こうして現場に立つことが、いかに想念をかき立てられ、重い意味を持つかを実感することになりました。今回の「合同取材活動」を通して得た知見は挙げれば切りがありませんが、重要だと考えるところを少しばかり述べてみます。 

まず、長征とは何であったか、です。 

毛沢東が「日本帝国主義に反対する策略について」で述べたように、長征は、まさしく「宣言書」であり、「宣伝隊」であり、「種まき機」であるという指摘に行き着きます。歴史的現場に立った私なりの理解で表現すれば、長征を通して、中国共産党の下で中国人民が進む革命の道筋を、中国のみならず広く世界に向けて指し示し、蒋介石の国民党軍と中国に侵略、支配の触手を伸ばす帝国主義に対して不退転の決意を示したということ、そして、紅軍の示す道にこそ真理と道理があることを高く掲げ、長征の歩みを進めた全ての地で、この新たな中国を目指す道理について人々に語り掛け、希望を与え、共に立ち上がることを呼び掛けて革命の隊列を大きく、強く育むことにつなげた。こうして長征で巡った地のことごとくで、革命の種をまき、その種は芽を出し、革命闘争の勝利、新中国誕生へと実を結ぶことになったということだと思います。 

では、長征に中国革命の精髄が宿ると感じたのはどういうことでしょうか。 

第一に、人民を信じ、人民に依拠し、人民のために戦う、紅軍および中国共産党の真摯しん しな姿が中国革命勝利への道を切り開いたということです。封建地主の下で苦しみ、あるいは軍閥の暴虐や中国に育ちつつあった買弁資本家の搾取、収奪に呻吟しんぎんするばかりだった農民、労働者をはじめとする人民大衆の中に紅軍兵士が分け入り、身をもって人民大衆のために闘う姿を示し、共に立ち上がる勇気と確信を与えることで中国革命の礎いしずえを固めたということです。その際、「三大規律、八項注意」を固く守り抜く紅軍が人々の信頼を集め、長征の途上で多くの命を失った革命の隊列を大きく、力強く育てていくことにつながったことを、革命史跡の行く先々で強く感じることができました。この人民大衆に依拠し、人民と共に歩むことが、中国革命の特徴、特性を形づくるものになったと、また改めて、実感しました。 

第二は、長征を通じて、「実事求是」の重要性が浮き彫りになったことです。それまで、モスクワで学んだことを金科玉条のように振りかざす者や、現実に目を向けず書物から得た知識のみに基づいて革命を語る者、コミンテルンの方針が全てという権威主義者など、中国の現実に学ばず、人民に寄り添うこともなく、高みから革命を論じることがどれだけ中国革命の道を危うくしてきたか。こうした失敗の数々を痛みをもって教訓として、長征の途上、遵義会議において誤りを克服し、中国社会の実際に根差す矛盾、問題と人々の置かれた状況、つまり現実を深く研究して、人民大衆の苦しみや怒りをくんで、中国独自の革命への道を指し示すことができたことは、長征がもたらしたかけがえのない意義だと考えます。「実事求是」こそ、中国革命を勝利に導いた源だと言うべきです。この「実事求是」もまた長征を通じて確認された重要な真理であり、中国革命を特徴づけるものになったと思います。 

第三に、長征を通して、抗日民族統一戦線を形づくる広範な中国の民衆の力を結集したことです。この中国革命における戦略的意義を忘れることはできません。国民党軍の激しい包囲網から逃れるため、江西省の瑞金から2万5000里、1万2500㌔に及ぶ長征の末にたどりついた陝北の地で新たに「ソビエト根拠地」を築き、中国全土から志ある人々を集め、そこで革命に向かう力を育み、蓄えて、それまで日本帝国主義との闘いではなく中国共産党の殲滅せんめつに矛先を向けていた蒋介石の国民党勢力もこの中国民衆の大きなうねりを無視できなくなって、広範な抗日民族統一戦線が形成されました。長征が、このうねりを作り上げる力を生み出したことは、中国の歴史における重要な戦略的意義を持つと考えます。そして、中国の民衆に、未来に向けて希望と確信を抱かせ、そこから革命の原動力を導き出す領導者として中国共産党と指導者達がいかに重要な役割を果たしたかを知ることになりました。 

第四に、このようにして勝利を勝ち取った中国革命の歴史的意義は、中国の歴史、伝統、文化など中国社会の総体に根差した、つまり、中国独自の内発的な力による勝利だったということを、今、私たちは改めて知っておく必要があると思います。まさに、中国革命の歴史的性格と勝利を決定づけた精髄が、長征に凝縮され、息づいていると考えるゆえんです。 

さらに、長征が持つ現代的意義についても考えさせられました。つまり、現在の中国と世界にとって長征はどのような意義を持つかです。 

今、中国は「新時代における中国の特色ある社会主義」を目指すことを掲げて歩みを進めています。過去われわれが目にしてきたソ連、東欧において崩壊した「社会主義」ではなく、新たな社会主義像を切り開こうとしていると考えます。それも、中国の歴史、文化、伝統に根差した独自の社会主義の創造を目指して歩みを進めていると言えるでしょう。これは人類史上まだ誰も実現したことのない社会主義の姿だと言えます。中国は1949年の新中国、中華人民共和国の成立を歴史的な通過点として、いまや、「新時代における中国の特色ある社会主義」を目指す「新たな長征」の道を、力強く、しかも足早に歩んでいると考えます。それゆえに、長征に凝縮された中国革命の精神、思想とそこでの実践と経験は、90年という時を経て、今こそ、現代に重要な意義を持っていると考えます。 

さらに、長征のもう一つの現代的意義も忘れてはならないと思います。いま世界では中国の存在が日に日に大きく、重くなっています。すなわち、世界を語るには中国を知らずしては語れないという時代になっているのです。 

そこで、中国を知るには中国革命についての理解、認識を深くしなければならず、中国革命について認識を深めるためには、その精髄が宿る、そして中国社会に今も息づく長征の精神、思想について理解を深めることが不可欠だという論理構造になるのです。つまり、長征について知り、認識を深めることが欠かせないというわけです。ここにも長征の重要な現代的意義があると考えます。 

長征から90年。長征は、今もなおくみ尽くせない、そして語り尽くせない、奥深く、広い意義を宿していることを、肌を通して深く感じながら、今回の「長征の道を共に歩む」合同取材活動の旅を終えることになりました。 

人民中国インターネット版

 

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