平和主義守り中日新時代へ 「大江健三郎の思想と現代的価値」座談会
王焱=文・写真
生涯にわたって軍国主義の復活に反対し、中国を6回訪れた大江健三郎氏が今年3月3日、亡くなった。中日両国の文化交流と友好事業を推し進めたこの文壇の巨匠をしのび、中華日本学会と中国社会科学院日本研究所が共催して同月22日、「大江健三郎の平和主義思想とその現代的価値」座談会が行われた。会には同学会の常務理事や同研究所の研究員、中日のメディア関係者など約100人が参加。中華日本学会の高洪会長と、中国社会科学院日本研究所所長で中華日本学会の楊伯江常務副会長らがスピーチを行った。
平和主義事業は永遠に続く
高会長はスピーチの中で、大江氏が生前に一生の願いとして、「一つは日本がアジアと中国と和解すること。もう一つは日本国民、とりわけ若い人が教育を受け、深く反省し、平和を愛する日本人になることだ」と率直に語っていたことを明らかにした。高会長は、冷戦終結後に極端なナショナリズムが台頭し、政治が右傾化し、社会全体が保守的な傾向へと向かう中で、これは非常に得がたく貴いものだと言える。大江氏は中国人民の古い友人であり、大江精神は不滅で、平和主義の事業は永遠に続く――と述べた。
また楊副会長は次のように述べた。大江氏は常に世界のことを考えており、「自分の文章と重大な世界の問題を絡め合わせて考える作家であった」。この大江氏のこだわりと反省の裏には、現実の政治に対する憂慮と警戒があった。日本は現在、「戦後最も大胆な戦略的転換」の途上にある。昨年末に閣議決定した「安全保障関連3文書」によって、「専守防衛」の原則を放棄し、いわゆる「反撃」というレトリックは「攻撃」の本質を隠し切れず、戦後日本の平和主義は瀬戸際に立たされている。
真の愛国者が守る平和憲法
座談会の参加者が大江健三郎氏を記念する短編ビデオを鑑賞した後、十数人の中国側ゲストがオンラインとオフラインで大江氏への追悼と思いを次々と表明した。
その中で、中国社会科学院日本研究所の前所長で中華日本学会の李薇前会長は、大江氏の作品は私小説のような日本の純文学とは異なり、リアリズムの視点から人としての良識を呼び覚まし、国家と民族の運命に対する作家の強い責任感を反映していると述べた。また李前会長は、大江氏が中国を訪れて南京の中山陵(孫文の陵墓)を見学した際、「天下為公」(天下をもって公となす)「天地正気」(天地は万物を平等に扱う)という扁額に向かい、二度お辞儀をしたことを振り返った。
復旦大学日本研究センター主任で中華日本学会の胡令遠副会長は次のように指摘した。中日国交正常化の背景には、大江氏のような日本の思想界、文化界の人々の多くの貢献があった。大江氏は去ったが、今の日本には真に先見性と卓越した見識を持ち、良識ある知的エリートがまだおり、その粘り強さが日本の平和主義を維持している。
『人民中国』の総編集長で中華日本学会の王衆一常務理事は次のような見方を示した。大江氏は日本の歴史と未来に対して深い洞察力があり、人類へ深い愛情を抱き、平和主義に対して揺るぎない信念を持っていた。大江氏は真の愛国者だった。まさに日本を深く愛していたからこそ、未来を見据え、戦後の日本に平和と発展、幸福をもたらした平和憲法を断固として守ったのである。
中国社会科学院外国文学研究所の研究員・許金龍氏は、大江健三郎作品の中国語版翻訳に多く携わってきた。許氏は、70歳を超えた大江氏が2006年、侵華日軍南京大虐殺遇難同胞記念館を見学した際、ショックのあまり歩くことができなかったと明らかにした。中国側は、その後に予定していた座談会を取りやめようとしたが、大江氏はその日の全ての行事をしっかりこなしたという。
平和・反戦が大江作品の核
今回の座談会では、多くの日本側ゲストが寄せた大江氏への追想スピーチも代読された。その中で、NPO法人「日中未来の会」の南村志郎代表はこう述べていた。「大江氏は、日本の再生は、民主主義の理念と二度と戦争をしないという決意に基づくべきだと主張した。また大江氏は、民主主義の理念と恒久平和は戦後日本の再生の道徳的な柱であり、日本の平和と安定に重要な意味を持つと確信していた」
名古屋外国語大学の名誉教授で日中関係学会の川村範行副会長は、大江氏は名実共に「行動するノーベル賞作家」であったと評した。また川村氏は、「安保3文書」が初めて明確に自衛隊の「敵基地攻撃能力」の保有を認めたが、これは専守防衛の基本方針と憲法第9条に反すると考えている。川村氏は、「中国は敵ではなく、日中両国の協調による東アジアの平和構築を推進すべきである」と呼び掛けた。
上海交通大学人文学院副研究員の石田隆至氏は次のように示した。大江氏の死後、中国のメディアは直ちに報道した。だが、多くの日本のメディアの報道は限られていた。大江氏の多くの作品は、戦後日本の現状を根本的に観察し直したものである。だが、多くの日本のメディアはこれをあいまいにし、大江氏がノーベル賞を受賞したことだけを「日本人の偉業」と宣伝した。
新時代に合致する中日関係へ
中国社会科学院日本研究所の呉懐中副所長は、座談会を以下のように総括した。大江氏の平和主義思想は全人類共同の財産である。この時期に大江氏を記念し、その思想と精神、主張と立場を振り返ることは大変重要な意義を持つ。大江氏は中日の平和友好を提唱し、中日関係の発展に心からの関心を寄せてきた。今年は中日平和友好条約締結45周年に当たる。この新たな歴史の出発点に立ち、大江氏の気骨と精神を受け継ぎ、伝え、広めていくために、中日は手を携え、この条約の精神に立ち返り、平和的な発展を共に促し、中日関係の正しい方向を堅持し、新たな時代の要請に応える両国関係の構築に努めなければならない。