なぜ一煎目は捨ててしまうの
文=ゆうこ イラスト=amei 監修=徐光
前回、香り広がる鉄観音を飲んでからというもの、すっかり烏龍茶に魅せられてしまった私。烏龍茶のことをもっと知りたい! とまたまた茶楼へ出かけたのでした。メニューの中の烏龍茶のページを何気なく見ていたところ、大紅袍というお茶の値段を見てびっくり。「10グラム800元(日本円で約1万円)」と書いてあるではありませんか。
「1ポット1万円もするなんて、このお茶はいったい…?!」すぐに店員さんを呼んで尋ねてみました。
「大紅袍は、鉄観音と並ぶ代表的な烏龍茶です。世界一高いお茶と言われているんですよ。」と店員さん。
「ん~…?10グラムで800元は確かにすごく高いですけど……でも世界一高いっていうのはいくらなんでも大げさすぎるんじゃないですか?」と言うと、彼女は、
「もちろんこのお店のものが一番高いというわけではありません。最高級の大紅袍は、年間数百グラムしか生産されず、茶葉を採ることができる樹齢350年ほどの母樹は、もうたったの6株しか残っていません。とても希少価値が高いんですよ」
「じゃあ一番高い大紅袍っていったいいくらするんですか?」
「1998年、母樹から採れた大紅袍20グラムがオークションに出品されたのですが、その時の落札価格はなんと15万6800元。人々を驚かせましたが、なんと2005年には、20グラムが史上最高価格である20万8000元で落札されたのです。日本円に換算すれば1グラム約15万円。しかし、2006年、政府によって大紅袍の母樹から茶葉を採ることが禁止されてしまいました。最後に収穫された茶葉は、現在北京故宮博物院に収蔵されているんですよ。このエピソードを聞けば納得できる価格だと思いませんか?誰も飲むことのできない母樹の大紅袍は、値段がつけられないくらい価値のあるお茶なんですよ」
値段にも驚きましたが、もう母樹の大紅袍を飲むことは出来ないのかぁと思うと本当に残念でなりません。しかし、店員さん曰く、大紅袍は無性繁殖、つまり他の茶樹に接ぎ木をする方法で育てているので、他の品種と混ざったもの雑種は存在しないとのこと。そもそも、いいお茶というのは、茶樹の種類と製造過程に左右されるものなので、今私たちが飲んでいる大紅袍だって、母樹から作られたお茶とさほど味の違いはないんだそうです。
なるほど……そういうことならば!と、思い切って800元の「世界一高いお茶」を味わってみることにしました。
店員さんが茶具と茶器を運んで来ました。まず、すべての茶具と茶器に一度お湯をかけます。そして茶葉を、小さな紫砂の急須の中へ。そこにお湯をたっぷりと注いでふたをしたら、しばらくそのままの状態で待ちます。
そして、頃合いを見計らってポットを持ち上げると、小さな茶杯の中にお茶を注いでくれました。もう待ちきれません。しかし、どうしたことでしょう?!なんとせっかく注いだお茶を全部捨ててしまうではありませんか。「ええっ!高いお茶なのに!!」と茫然自失の私。
すると、店員さんは笑いながら、「これは『洗茶』と言っています。烏龍茶を入れる場合、必ず最初のお茶は捨てることになっているんです」
「どうしてなんですか?! もしかして茶葉が汚れているとか?」
「正解と言えば正解です」なんと、店員さんが肯定するではありませんか。「交通の便が悪かった時代、茶葉を山からふもとの市場に運んでくる際に、どうしてもほこりがついてしまったりして、茶葉が汚れてしまったんです」と店員さん。「ということは、まさか今のお茶にもほこりがついているんですか?それは衛生的にどうなんでしょう?」と恐る恐る尋ねてみたところ、店員さんは「もちろん今ではそんなことはありません。今のお茶は真空パックされていますから、質もいいですし、清潔です。なので、衛生面での問題はありません。実は「洗茶」をするのには別の重要な意味があるんです」と言って、この店でもまた物理の授業をしてくれました。
お茶のうまみ成分は、茶葉の中に含まれる、うまみ物質の分子に由来するもので、この分子が茶葉の中で分解され、水の分子と融合して初めておいしいお茶が飲めるんだそうです。さらに、この分子は高温下では動きが活発になり、低温下では動きがゆっくりになるとのこと。なので、分子の動きを促進させ、茶葉に含まれるうまみ分子を、より早く、たくさん水の分子と融合させるために、お湯で茶葉を洗って「茶葉のウォーミングアップ」をする必要があるのです。また、茶葉がおいしいお茶になるために「湯浴み」をするだけでなく、茶器などにもお湯をかけることで、高温殺菌ができますし、また、うまみ成分をうまく引き出すことができるのです。冷えた茶器ではうまみ成分の分離に影響が出てしまうそうですよ。
茶具や茶器を温めるプロセスを「一燙」、一煎目を捨てことを「二洗」、このプロセスを済ませてから、正式にお茶を入れることを「三泡」と呼びます。この三つのプロセスが烏龍茶を入れる時の基本動作です。
「なるほど。おいしいお茶のために一杯目は犠牲にするわけね……」一杯のお茶の中にこんなにたくさんの秘密が隠されていたとは! とお茶を受け取りながら、感嘆のため息。
すると、今度は店員さんから「お茶を飲むときには、音を立てて飲むのがいいとされているんですよ」とのアドバイス。「そうですか、でも音を立ててお茶を飲むのって、あまりお行儀よくないのでは?」
今日はなんだか驚くことばかりです……。
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