教育界を揺るがす「双減」

2021-11-26 15:59:17

馬場公彦=文・写真

新学期が始まった。小中学校は9月1日からの始業。ところが、いつもとは様子が違う。中国の小学校では下校時間になるとわが子を引き取る家族たちが校門にひしめき合う。それがいつもの3時半ではなく、5時半となっている。7月に党と政府によって発布された、義務教育段階の宿題と塾の負担を減らす「双減」政策が、北京・上海など九つの大都市で試行されたことによる。

その概要は、宿題について、小学校1・2年生には出さない、小3~6年生は60分以内で仕上がるもの、中学生は90分以内で仕上がるものにする。親は宿題を監督指導せず、教師がする。塾について、関係機関の厳正な審査と認可の下で非営利型のみ運営を認め、新規の教科学習を認めず、国外でオンラインなどを通して勤務する外国人講師を雇用してはならず、夜の9時までには授業を終える。学校の教員について、塾との兼職禁止、週5日、毎日最低2時間の放課後の教科教育以外の指導に従事する(5+2モデル)などがある。

政策の背景には試験の高得点を目指して過熱化する児童のストレスと親の負担を減らし、個性を伸ばす素質教育への転換を促す目的がある。親にとっては、ただでさえ過労が問題視されるような昨今、勤務時間中にわが子を学校から塾に送り届けねばならず、子どもの宿題や塾での学習に目を光らせなくてはならない。そういう親たちの仕事への支障を除くことも意図されている。下校時間の5時半というのは、親の退勤時間に合わせているのである。巨大化する塾産業の経営基盤を弱体化させ、家計に占める多額の教育費を軽減し、不評を買っている3人までの出産政策を軌道に乗せ、少子化に歯止めをかけたい政府の狙いも見え隠れする。

教員の負担は一挙に増えることとなる。公教育の現場教師の給与は高くない。その上に勤務時間は一挙に増え、教科学習のほかに総合的な教育への技能修得と重い責任がのしかかってくる。

当然のことながら塾経営には大打撃だ。大手塾の「新東方」や「学而思」の親会社である「好未来」などは株価が暴落した。大量の塾講師の失業者が出るだろう。次の職場をどこに求めるのか。給与の激減と過労を覚悟して教員になるか、今回の措置に含まれていない家庭教師になるか。教科ではなく、サッカーやピアノや絵画を教えるか。さしずめ北京の繁華街で羽振りがよい西洋人の英語教師の落胆ぶりが目に浮かぶ。

日本でもかつてゆとり教育が実施されたが、顕著な学力低下が指摘されて見直されるに至った。ゆとり教育のような、教科の時間数を減らし新たに総合学習を設けるようなカリキュラム変更は、今のところなされていない。そもそも中国には小学校の放課後に低学年児童を預かる学童クラブや、中高のクラブ制度のようなものが定着していないため、制度変更に伴うしわ寄せはもっぱら教員に集中する。大学入試制度「高考」の選抜方式が変わらない限り、学科学力に偏重した傾向は変わらないだろうという親の声もある。

全人格的な素養を伸ばすという教育原則は重要だ。そのためには卓越した個性や特異な技能が大学の合否の判定基準としてより積極的に採用され、企業や役所が学歴や学校成績を採用や昇進の最優先事項から外さない限り、教育への過重な負担は減らないように思う。

現在の中国の教育を巡る実態を描いた連続ドラマに『小舎得』がある。わが子の教育を巡って主に三つの家庭の家族関係があぶり出され、家庭崩壊を招きかねない事態に陥る。親の職場、子どものクラス、家族が暮らすコミュニティー、学校、行政、学習塾などの実態が見えてくる社会派ドラマでもある。俳優たち、とりわけ子役の演技が素晴らしい。

 

夕方5時半、わが子を迎えに来た保護者たち。海淀区の小学校にて

関連文章