中国「おひとりさま」事情

2022-03-22 11:13:10

馬場公彦=文 

北京大学での学園生活の頭痛の種は、わずか1時間の昼休みの、食堂での食事と座席の確保であった。それが解決したのは2019年に4200人収容できる巨大な4階建て食堂ビルが完成したからである。4階には洋食専用レストランや、ベーカリーショップ、ドリンクバーなどもあって学食らしからぬたたずまいだ。重慶火鍋の専門店まであってお酒も飲めるのがうれしい。 

火鍋店をのぞいて驚いた。カウンターにもテーブル席にも一人鍋用のコンロがずらりと並べられている。日本の一人用すき焼き店と見まがうばかりだ。 

中国では食事は大勢でテーブルを囲んで会話しながら食べるもの、旅行は団体でにぎやかに楽しむもの、人と人との距離が近い、という固定観念は、そろそろ改めた方がいい。 

若者の間で、シェアバイクやシェアルームといった所有しないライフスタイルが定着しつつあり、「断捨離」やコンマリのお片付け本がベストセラーになっている。スマートフォン1台でネット小説、ネットアニメ、オンラインゲームなど、何時間も独り遊びを楽しむ。ミニ家電、ワンルームマンション、ペットなど、若者向け商品は「おひとりさま」仕様が主流になりつつある。要は今どきの日本の若者と何ら変わりはないのだ。 

晩婚・不婚を選択する若者が増えている結果、今中国には2億4000万人の独身者がおり、少子化と労働人口の減少につながっている。3人目の出産を認めたり教育過熱を抑制したりする政策の効果は上がっていない。 

北京大生を観察してみると、キャンパスのそこここで出くわすカップルたちの熱愛ぶりは目の保養(毒?)となっていて、「おひとりさま」志向などどこ吹く風のように見える。だが、さて彼らの行く末はというと、出会い_接近_恋愛_結婚_出産といういくつもの関門で、多くのカップルがふるいにかけられて、その道のりは相当険しい。 

まず出会いについて、担当したクラスについてのみ言えば、「男/女朋友」がいるのは3分の1といったところか(日本と違って中国では、恋人がいることを公開することに恥じらいや躊躇がないようだ)。日本のようなゼミ制度やコンパの習慣がないので、親密化のチャンスはさほど多くない。全寮制で共同生活を送っているのは、むろん同性間のことである。 

学生同士のカップルは卒業後の就職先が遠く離れ離れになると別れるケースが出てくる。就職後は日本では職場恋愛の機会が増えるが、日本企業のようなメンバーシップ制ではなく飲み会や家族ぐるみの付き合いの機会がない上に離職率の高い中国では、社内で結婚相手と出会う確率は日本と比べて低い。熱愛カップルが生まれても、都市では住宅難のためなかなか結婚に踏み切れない。結婚したとしても、仕事や人事に支障が出るだけでなく、教育費が高過ぎるなどの理由で産まない選択をするケースが多い。 

修士課程のクラスの試験で「中国の少子化の背景には何があるのか」という課題で論文を書かせた。ほぼ全ての答案で挙げられていた要因の一つは一人っ子政策であった。生まれ育った時からずっと一人だったので、自由を束縛される生活はしたくない、独りを楽しむスペースが確保できていればいいという。彼らはそろって一人っ子。「寝そべり」流の生き方は彼らの価値観を反映しているのである。 

  

一人鍋でにぎわう北京大学の火鍋専門食堂 

 

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