ローカル鉄道求め「乗り鉄」旅

2023-06-25 11:44:00

馬場公彦=文・写真

一日の仕事を終え、ともし頃になってからの癒やしは、酒杯を傾け見るテレビ。それも決まって里山やひなびた温泉や場末の居酒屋を探訪する、ゆるーい旅番組だ。 

中でもローカル線の旅は見逃さない。日本には鉄道マニアが多く、乗り鉄、撮り鉄、呑み鉄まである。鉄道民営化以降、赤字ローカル線が次々に廃線になった。のんびりした各駅停車の旅、山間の秘境駅、下車して味わった地元の人情や特産など、懐かしい記憶を求めて、廃線や廃駅跡を歩く鉄道ファンも多い。 

日本で失われつつあるローカル鉄道の風情を、中国でなら味わえるかも、あわよくば車窓からの風景をSNSにアップしてアクセス数を稼いでやろう……そんな野心を起こして、北京を起点にローカル線探訪を試みた。 

結果からいえば、期待外れ。まず当然といえば当然なのだが、北京は天下の首都。市内に東西南北のほか複数のターミナル駅を擁し、発着する路線は北京と主要都市をつなぎ、省をまたぐ長距離だ。チベット自治区のラサまでも四十数時間かけて走る直通列車も出ている。 

北京から長沙まで旅行したときのこと、乗った寝台列車の終点は海南島の三亜で、こちらも所要時間は39時間。待てよ、海南島に渡る海峡はどうやって移動するのだろう、きっと北海道―本州間のように、函館で下車して青函連絡船に乗ってから、青森から別の列車に乗り換えるのだろうと思っていたら、列車ごとレール付きの巨大なフェリーに載せて海南島に運ぶのだという。 

とはいえ、短距離路線の列車ならあるだろうと見込んで、時刻表で調べようとしたら、どの駅の売店にも時刻表は売られていない。旅行アプリで調べるほかなく、アプリは明確な目的地のある場合は便利だが、路線全体を調べたり、停車駅や時刻を比較しようとする用途には向かない。 

ようやく北京市内の懐柔北行きを見つけた。胸躍らせて北京北駅に行くと、ホームに停車していたのは成田エクスプレス(NEX)のようなモダンな電車で、通勤快速列車。河北省の聞いたことのない駅が終着の各駅停車の列車を見つけた。同じく北京北駅に行くと、ごく普通の高鉄(高速鉄道)で、時速250㌔、30分で市内北端の昌平駅に着いた。 

しかも懐柔北駅も昌平駅も、いずれも北京市内だというのに、駅前には日本のどんなローカル駅でもあるような、観光案内・郵便局・本屋・簡易旅館・商店街はない。その駅舎も全国どの駅も同じデザイン、駅前のスーパーに売られている食品も大同小異で、地方ならではの駅弁を食べ比べる興趣を満たしてくれない。早朝から出掛けた昌平駅では、朝ご飯は地元のローカル飯をと意気込んで腹を空かせていったところ、駅前はだだっ広い空き地が広がるだけ。運転手の乗っていない路線バスが1台、人待ち顔に駐車していた。1軒だけあったスーパーに隣接する食堂で、いつもと同じ包子とワンタンを食べた。日本の鉄道用のような、駅を拠点に発展した近代都市の歴史が、ここではスキップされている。 

とはいえ、中国鉄路ならではの良さもある。高鉄が全土を縦横無尽に張り巡らされていながら、在来線の寝台列車・夜行列車を減便・廃止せず、ほぼ満席の乗客をゆっくりと運んでいる。そこには車両ごとに硬座(二等車)・軟座(一等車)・無座(自由席)・硬臥(二等寝台)・軟臥(一等寝台)・高級軟臥(グランクラス)と乗客のニーズに合わせた座席が提供されている。日本の列車にはもはやない餐車(食堂車)もある。ただし利用客は少なく、もっぱら列車乗務員の賄い飯用に使われているようだ。 

先日、河北省石家荘―保定間を硬座に乗って移動した。硬座での旅は窮屈だが、生活感がにじみ出ていて味わい深い。多くの荷物を抱えた出稼ぎ労働者、ずっと車窓を眺めている携帯電話を持たない田舎のおじいさん、無言で肩を寄せ合う若い農民風夫婦、帰省で高鉄に乗れない学生など、乗り合わせた客たちの表情やしぐさを眺める。人生のドラマをあれこれ妄想しながら。


中国鉄道の長距離列車には必ず連結されている食堂車。食事は座席で弁当やカップ麺という乗客が多く、列車が満員でも意外と穴場

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