中国Z世代の日本研究

2024-05-17 16:23:00

馬場公彦=文写真提供

年は日中平和友好条約締結45周年に当たり、記念の交流事業がいくつか企画された。日中関係ははかばかしくなく、総じて盛り上がりには欠けていた。とはいえ締結当時に比べれば、相互交流は飛躍的に厚みを増している。そう確信するのは、さまざまな機関を通しての民間の相互交流が継続しているからだ。いわば相互理解のための知的インフラが整い、積み重なり、強固になっている。 

具体的なデータを挙げると、国立研究開発法人科学技術振興機構と中国総合研究交流センターが2016年にまとめた報告書『中国の日本研究』によれば、目下中国には160万人を超える日本語学習者がおり、外国語学習者人口としては英語に次ぎ、日本語科を設置する大学は全大学の4割を超える466校に及ぶ。 

また、知的青年交流の恒常的な活動として、さまざまな作文コンクールや弁論大会が企画運営されている。『人民中国』では1635歳の日本青年を対象に、日本語で中国体験をつづるPanda杯(外文局アジア太平洋広報センター、駐日本中国大使館、日本科学協会主催)が今年で10周年を迎え、これまで約5000篇に上る作文の提出があった。 

中国側のイベントとしては、管見の及ぶ範囲だけでも、作文コンクールとして22年から中国友好杯(中国人民対外友好協会、日中友好継承発展会主催)が開催されており、208大学2340人の学生による日本語で課題に応じた作文が集まった。また弁論大会としてカシオ杯(教育部高校外語専業教学指導委員会日語分委員会、中国日語教学研究会、上海外国語大学日本文化経済学院、カシオ〈中国〉貿易有限公司主催)が07年より開催され、全国から多くの学生が毎年与えられた課題に応じて3分間のビデオ作品を提出している。この中国側の二つのイベントでは、勤務先の北京大学と北京外国語大学から応募した学生の指導に当たったことがあり、それぞれ特等賞と2等賞獲得の栄誉に浴した。 

さらにより知的要求水準が高い論文コンクールもある。その一つ、笹川杯日本研究論文コンクール(中国日語教学研究会、吉林大学、日本科学協会主催)は18年に開催され、昨年までに全国の日本語学科が設置された大学から毎年平均50校以上計1341篇の応募があった。語学文学文化の3部門に分かれ、一昨年から文学部門の審査員を務めている。昨年11月に吉林大学で開かれた決勝戦の文化部門で特等賞を獲得したのは、一昨年文学部門で審査に当たり3等賞だった学生で、やや厳しい評価を下したことを思い出した。当人は受賞あいさつで、あのときの悔しい経験を忘れず、審査員のコメントを反省してリベンジマッチに臨んだと胸中を吐露した。 

研究論文といえば、全ての日本語科の学生にとって卒業のために避けて通れない道が日本研究の卒業論文である。ここ北京外国語大学では日本語による2万字程度の論文提出が義務付けられている。学部4年生の10月から翌年5月にかけて、テーマ提出、指導教師とのすり合わせ、構想発表とその答弁、初稿二稿最終稿の提出、最終稿の答弁などの日程がそれぞれ期限付きで組まれている。教員は毎年3人程度の学生の指導に当たり、論文指導、答弁の審査官、採点などを担う。 

先学期、4年生の必修科目「論文指導」を担当することとなった私は、論文の書き方の要領を講義した上で全71人の卒業論文につき、授業の中でその構想を発表させ、研究動機や主題や内容に応じて学生ごとに評語を加えていった。構想発表を終えた71篇の論文につき、タイトルや内容をトピックやテーマや学問分野ごとに分類してデータ化してみた(グラフ参照)。すると、いまの「00後」と称される2000年代以降生まれのZ世代の若者たちにとって、日本に抱く関心事や研究テーマについて、かなりはっきりとした傾向が浮かび上がってきた。 

第一に関心を持っている話題は広いが、いまここで展開されている日本社会日本文化の現象に限定されていること。現代社会については、成年後見制度、老人介護、乳幼児保育、子どもの貧困、働く母親、野良猫に対する愛護の取り組みなど、直近の問題への関心が高い。その一方で、数十年にわたる、あるいは数十年さかのぼるような、歴史的問題を取り上げたものはごくわずかだ。日本文化については、いま流行している小説やドラマなどの大衆文化を研究対象に選ぶ。とりわけゲームへの関心が高く、関連論文が4篇もある。しかし以前の名作や過去のクリエイターに対する言及は、やはりほとんどない。 

第二にジェンダー問題への関心が、とりわけ女子学生に高い。婚外子、女性雇用、女子大生の化粧、農村での女性参画、ゲームキャラクターのジェンダー化、ある文学作品における女性像などがテーマとなっている。 

第三に専門領域が多彩で、とりわけ社会学、言語学(日中翻訳論や日本語教育学を含む)、文化論専攻が多い。 

ここに中国の日本研究の実情における懸念材料も見えてくる。第一に学生と教員の間で、専攻する学問分野のミスマッチが見られる。北京外国語大学日本語学院の教員20人の専門分野の内訳を見ると、語学6人、文学7人が大勢を占め、社会学、ジェンダー研究、文化研究、メディア研究はそれぞれ1人に留まる。 

第二に多くの学生たちが日本の社会や文化の現状や流行に関心を持ち研究対象とすることはいいのだが、日本社会の歴史的形成過程や日本文化の過去の蓄積についての関心が薄く、また素養も不足している。これに対して教員の側に社会学や文化論を専攻するスタッフが必ずしも多いとはいえない。そうなると内容に踏み込んだ学術的な目が行き届きにくくなる。そのため学生の社会論は社会現象をなぞっただけの皮相なものになり、文化論はマニアックな感想文風のものになってしまいがちだ。 

そこで今学期担当することとなった大学院1年生向けの必修科目「中日比較研究基礎」では、日本の歌曲映画漫画アニメなどの大衆文化について、いまのZ世代が関心を持つ1990年代以降のコンテンツではなく、それより以前の、80年代までの近現代以降の日本文化史の流れを、当時の世相と関連づけながら講義することとした。 

授業ではポップスや映画やアニメの作品の一部を視聴させながら、彼らが愛好し強く食指を動かす90年代以降の日本の大衆文化のコンテンツとの親近性や距離感を体験してもらうのである。彼らの嗜好(しこう)と問題関心を生かしつつ、少しでも「作文」から「論文」へと脱皮させるための後押しができることを狙っての企てである。 

笹川杯日本研究論文コンクール2023で特等賞に輝いた譚小妍さん(吉林大学左から2人目)と王璐兒さん(上海交通大学右から2人目)を囲んで、主催者を代表して修剛先生(中国教育部高等学校日語専業教学指導分委員会主任左端)と髙橋正征先生(日本科学協会会長右端)、吉林大学にて、昨年11月

馬場公彦

1958年生まれ、北海道大学文学部卒業、同大学文学部大学院修士課程修了。早稲田大学大学院博士課程修了、学術博士。出版業界で35年間勤務し、定年退職後、北京大学外国語学院外籍専家を経て北京外国語大学日本語学院北京日本学研究センター准教授。著書『戦後日本人の中国像』(中国語訳あり)『現代日本人の中国像』『播種人―平成時代編輯実録』(中国語)等。 

 

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