第17回 元国民党華人が作る茶(2)観光茶園とタイの変化
2020-10-30 09:32:05
須賀努=文・写真
メーサローンは華人の街ではあるが、アカ族やリス族といった少数民族が主に茶を摘み、製茶を行っている。比較的緩やかな斜面の茶畑で3人の茶摘み女性が美しい歌声で歌いながら茶葉を摘んでいたが、歌が終わるとけたたましい声で世間話をしている。残念ながら「中国語は出来ないよ」とだけ中国語で言い、またけたたましく笑う。
少数民族の茶摘み
茶摘みは辛い仕事、その辛さを少しでも和らげるために、歌を歌ったり、大声で話したり笑ったりする、これは日本にも昔あった光景だ。現在は厳しい仕事をやりたい人間は少なくなり、若者は都会へ出て行き、ここの労賃も上がっていると聞く。手摘みで茶葉を摘むこともだんだん難しくなっていくのだろうか。
メーサローンの村外れの広場でお茶を名目にした村祭りに出会ったことがある。アカ族やリス族の男女が民族衣装に身を包み、皆で歌ったり踊ったり、といったパフォーマンスを披露していたが、こんな光景はインドのダージリンやミャンマーのシャン州でも見たような気がする。この一帯の幅広い地域間の繋がりに触れる思いだった。
アカ族の餅つき
旧正月の時期にアカ族が住む小さな村を通りかかったこともある。何となく見ていると、餅つきをしていたので、思わず車から降りて駆け寄る。女性たちが搗き立ての餅を丸めている。日本の正月の餅づくりがそこにあった。おばあちゃんが出来立ての餅を差出し「うまいぞ、食え!」と言っているように思えた。搗き立ての餅はほんのり甘く、柔らかくて美味かった。
周囲で子供たちが楽しそうに遊んでいた。正月気分、この山の中の村にも正月がやって来るのだ。その光景は凧揚げやコマ遊びでもしそうなほど日本に似ていた。これは日本の原風景ではないのか?以前ミャンマーシャン州でも日本の原風景、食習慣の類似点を多く見てきたが、やはりこの辺りもシャン州と似たような習慣を持っている。私はミャンマーでよく「ビルマ人の生まれ変わり」と言われたが、ここの茶畑を見て和むのは、単に茶畑が美しいからだからではなく、自分自身の原風景だからかもしれず、少し涙が出た。
芙蓉宮のランチ
前回紹介した李泰増氏の増福茶園と並ぶ有力茶業者、芙蓉宮有限公司を訪ねてみた。この2社がチェンライ空港に店を出しており、名前はよく知られている。迎えてくれたのは伍昌玉さん、若いけれども中国語は流ちょうだ。芙蓉宮の店舗は茶畑が見渡せる景色が売り物だ。豚足などの名物や新鮮な野菜などご馳走が並ぶ。勿論茶を買うこともでき、まさに最近流行りの観光茶園を展開している。
だが彼女の父はやはり国民党兵士で、メーサローンで最初に茶園を作ったという伍国栄董事長。風貌は農民だがそのアイデアは優れており、メーサローンの象徴ともいうべき、大きな急須のモニュメントを作ったのもこの会社だった。その横の斜面に広がる茶園、伍氏は「30年前ここを開墾して茶樹を植え始めたんだ」と懐かしそうに語ってくれた。そしてその地で30年経ってまた開墾し、新たな茶樹を植えようとしているのがすごい。その不屈の魂は、若い頃軍隊で培われたものだろうか。
茶のモニュメント
因みにメーサローンと国民党の歴史を知るには、泰北義民文史館という博物館へ行けばよい。雲南・四川の元国民党兵団が如何にしてここに流れ着き、タイに帰順したかの歴史が展示されており、勉強になる。一般にはあまり知られていない歴史だが、これが茶業と大いに関連するので、茶の歴史に興味があれば、是非学ぶべきだ。
泰北義民文史館
ところで、ご多分に漏れず、ここメーサローンの茶業界でも、製茶のコスト上昇が悩みの種。急斜面での茶摘みは前述の通り少数民族が担っており、賃金は中国などに比べれば押さえられてはいるものの、最近は1年間で50%も上昇した年もあるといい、人件費そして人手不足に課題がある。
李泰増氏は「コスト上昇はアジア各国共通の課題。如何に品質の良い茶を作り、販路を拡大するかが生き残りの鍵」と話し、自ら世界中で開催された茶のシンポジュウムで講演し、タイ産茶の良さをアピールしている。最近は有機茶の生産に力を入れ、EUの有機認定を取得し評価されるまでになってきた。ただ今年のコロナ禍で状況は大きく変わる可能性もある。
更に李氏が期待しているのが、タイ人の動向だ。既に述べてきたように、これまでお茶を飲まないと言われてきたタイ人だが、昨今の健康志向の高まりなどで、お茶の効能に注目し始めている。少なくともメーサローンを観光で訪れるタイ人が増え、「自然との触れ合い」を志向する中、お茶は彼らにフィットする飲料として映るようだ。
経済的に消費力が高まっているタイの中産階級が茶の良さを理解し、継続的に飲むようになれば、タイの茶産業にとってこの上ない僥倖となる。同時に寒がりのタイ人が涼しいメーサローンでダウンジャケットを着てテントを張り、野営を楽しむ姿を見ると、時代の変化がひしひしと実感できる。
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