第19回 タイ人が飲む「タイ茶」の歴史
2021-01-22 11:23:21
須賀努=文・写真
これまで数回に渡り、タイにおける茶の歴史を訪ねてきたが、それは殆どが華人茶の歴史だった。一般のタイ人にお茶の話を聞いても「タイ人は昔からお茶など飲んでいなかった」と言われるばかりであったが、果たしてそうだろうか。
タイ茶
バンコックの路上を歩いていると、街角のスタンドなどでは、オレンジ色の飲料が売られているのが目に入る。「タイ茶」と呼ばれるミルクティがそれだった。何だ、一般のタイ人もお茶を飲んでいるじゃないか! だが、その色、そしてその匂いは、正直日本人の嗜好とは、かなり違っており、なぜこのお茶が飲まれているのかと興味を持った。
Cha-Thai社 バンコックオフィスで
その秘密を探るべく、タイ茶の老舗、「Cha-Thai社」のバンコックオフィスとタイ北部にある工場を訪ね、経営者に話を聞いたことがある。Cha-Thai社は1945年創業で、既に76周年を迎えた老舗。「ライバルはコーヒー」と言い切るほど、現在のタイ市場では半独占的地位を守っている。
経営者一族は90年ほど前に中国広東からバンコックに渡ってきて、お茶関係の商いをしていた潮州系華人だと言い、「タイ人にお茶を飲ませることが出来れば、大きな市場がある」との如何にも華人的な思考に端を発して、一族の人間が試行錯誤の上、タイ茶を考案、これがヒットして事業を伸ばしたというから驚きだ。
Cha-Thai社 茶工場前で林社長と
現在の工場は30年以上前、茶葉調達に一番適した場所を探して、チェンマイとチェンライの中間地、バスが行き交う大きな道路沿いを選んだ。原料となる茶葉はタイ北部のチェンマイやチェンライの郊外、ランパーンやメーソンホーンの茶農家から直接運ばれてくるためだ。日に数トンもやってくる在来のアッサム種の生葉を使い、紅茶、緑茶などを製造している。こちらの工場にはオーナーとその長男が陣取り、製造管理に力を入れ、バンコックのオフィスにはオーナー夫人とその娘が、マーケッティング、販売管理などを担うという、まさに華人的な家族経営。工場では多数の従業員を雇用して、地元への貢献もしっかり果たしている。
そしてあのオレンジ色こそ、タイ茶成功の秘密。実はタイ人は「茶色ではなくオレンジ色を美味しいと感じる」とのことで、敢えて紅茶にフードカラーを混ぜて色を出しているそうだ。日本ではあのオレンジを見て敬遠されるだろうと思ってしまうが、「女子高校生など若者にはあの斬新なカラーと独特の匂いがウケるかも」と話す専門家もいて、東京にこの茶を提供する店もできたとか。
同社は街のスタンドへの卸しに加えて、バンコック市内の主要駅、高級スーパーなどで自社店舗の出店を増やして、おしゃれな雰囲気で若い層の取り込みを図っている。売上げの半数は今も変わらぬ味のタイ茶だが、最近はミルクグリーンティが順調に売り上げを伸ばしているという。基本的に氷を入れてアイスで飲むのだが、タイ人が好むようにほのかにジャスミンのフレーバーが付けられているのが、ミソのようだ。更にはタイ茶ソフトクリームを発売し、行列ができる人気を博してもいる。
タイ茶ソフトクリーム
尚タイにもスターバックスがあるが、そこでタイ人の若者がオシャレに飲んでいるのは実はコーヒーではなく、アイス抹茶ラテ、グリーンティラテが多い。一方Cha-Thaiのアイスミルクグリーンティはスタンドで買えばスタバの三分の一の料金で飲める。この価格差、景気に左右されないChai-Thaiは意外と強い。
ただ地元タイを中心に、所得の向上と共に、健康志向に目覚める人々が増加している。社長の林氏は、「確かに健康は大切だが、ただ甘さを抑えればよいというものではない。東南アジアは暑い地域であり、タイ茶の需要が消えることはない。更にアジアにはまだまだ価格の安い、飲み易い商品を求める層も沢山いるので、当面はこの味を維持し、需要に応えていきたい」と語る。
同社はタイ国内だけではなく、周辺のアセアン各国市場へ手を打ち、ローカルパートナーに商品を卸している。比較的味覚や食習慣が近いと言われているカンボジア、ラオス、ミャンマーは勿論のこと、人口の多いベトナム、そしてイスラム圏のインドネシアなどでも同社のタイ茶及びグリーンティが好んで飲まれ始めている。甘さとこの独特の味、そしてコンデンスミルクを混ぜるところが受け入れられるのだという。もしこの動きが広がれば、「タイで生まれたタイ茶」がアセアン市場を獲得することも夢ではない。
徐々に高級志向になってきているアジア、甘さを控える傾向にもあるが、低価格、甘味などを嗜好する国がいくつもあり、タイ茶は実に魅力的な商品にも思える。最後に華人社長に「巨大市場、中国への進出は?」と聞いてみると、「全く考えていないが、中国南部から引き合いは来ている」とか。華人だから中国でビジネスが成功するとか限らない、中国市場は難しいマーケット、むしろアセアンの方が地に足が付いているという話は印象的であった。
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