酒
姚任祥=文
中国では、酒と関係がある漢字には「酉」偏が付いており、その数は60以上もある。
酸 醋 醤 酵 醞 釀 醮 酬 酌 酩 酊 酣 醉 醒 醍 醐 醛 酷 醺
これらの字は、酒を入れる酒器や酒の作り方、酒の祭事機能や酒を飲んだ後の人の状態を描写している。酒は中国で6000年以上の歴史があり、これらの漢字から、中国の人々が古くから酒に対して細かく観察していたことが見て取れる。
酒器の変遷だけを見ても、数えきれないほど多くの王朝と職人や芸術家の創造を経ている。その機能も酒を蓄える、温める、冷やす、酌み注ぐなどから始まり、飲み楽しむなど、その用語は35種類もある。
材質も陶器、磁器、玉、銅、ガラス、動物の角、竹からカラス貝までさまざまだ。中国の酒器は、器は小さくとも儀礼としての意味は大きく、風流を解する文人たちの詩歌に詠まれ、そのイメージは昇華されてきた。
酒を扱った漢詩で最も有名なのは、唐代の詩人・李白(701~762年)の詩だ。
花間一壺酒,独酌無相親。
(花の咲く中で酒の徳利を出したが、独りだけで飲み交わす相手もいない)
人生得意須尽歓,莫使金樽空対月。
(人生うまくいく時は存分に楽しむべきで、立派な酒器をむなしく月に向けてはならない)
唐代の王維(669~761年)や宋代の蘇軾(1036~1101年)の詩もよく知られる。
勧君更尽一杯酒,西出陽関無故人。(王維)
(さあ、お別れだ、もう一杯飲み干してくれ。西の果ての陽関を出れば、顔なじみの友は一人もいなくなるだろうから)
明月幾時有?把酒問青天。(蘇軾)
(明月はいつから出ているのか、酒杯を持って青天に問う)
女性詩人の李清照(1084~1155年)も酒に気持ちを託した。
三杯両盞淡酒,怎敵他晩来風急。
(二、三杯の薄い酒では、どうして吹きつのる夜来の秋風に耐えられようか)
いずれの詩も一節だけ紹介したが、古来酒を飲んだ後の心の声は、花鳥風月や悲歓離合の感情と切り離せない。また、このような濃厚な酒文化があるからこそ、厳しい礼儀と道徳の世界でも、われわれは人間の心の底にある真情を見ることができる。気心の知れた友と飲む酒は千杯でも少なく、2、3人の親友と杯を交わしながら本当の気持ちを吐露するのは、人生で最も楽しいことに違いない。
三国時代の曹操(155~220年)はこう語った。
何以解憂? 唯有杜康。
(憂いを晴らしてくれるのは何だ。杜康〈酒〉のほかにないだろう)
正式な史書ではないが、歴史的な文献に、酒の始まりは「余ったかゆを桑の木の小屋に捨てていたところ、いつしか良い香りがして、意外にも変わった味で、杜康という人がなめてみると甘くおいしく、こうして酒造りの秘法を得た」という記録に由来しており、杜康の酒はかゆ、つまり米から造られたことが分かる。このことから、中国の酒造業者は酒を杜康が発明したと考え、杜康を酒造りの開祖として敬っている。
酒を温めるのに使う鼓型の磁器。熱かん用の容器(左)に熱湯を入れた後、黄酒を満たした杯(右)を中に入れ、容器のふたを閉じ、熱湯で酒杯の黄酒を温める
この酒器(右)は入れ子(二層)式になっており、壺の内側には酒を入れる小さい壺があり、回りの隙間に熱湯を注いで酒を温める。壺を入れる木製の入れ物(左)には綿布が入っており、温めた酒を保温できるようになっている
白酒
白酒とは、日本などで一般的に言う焼酎のことで、蒸留酒の一種だ。蒸留によって醸造する方法が異なるため、中国は多くの白酒を生み出している。白酒の醸造では、まず豆類や麦類などの穀物類を蒸し、菌を加えて培養するか、麹菌を十分に生育させた「老ね麹」を混ぜて「麹」を作る。
麹は酵母菌などの微生物を培養し、それらの糖化作用によってデンプンからアルコールと二酸化炭素が生まれる。麹は酒造りの大切な触媒だ。発酵のカギとなる温度や湿度、空気中にある菌種などは、現代の技術でもコントロールすることはできず、その微妙な違いが特徴的な風味の源となる。全ては酒造りを受け継ぐ職人の経験に頼っていると言える。これも中国酒の大きな特徴だ。
麹のサイズは、卵大のものからタイヤくらい大きなものまである。「伏天製麹、寒天製酒」(夏の暑い日に麹を作り、寒い日に酒を造る)と言われるように、麹を作るには比較的高温の環境が必要だ。麹の発酵による熱エネルギーは、菌種を育てるのに直接影響し、温度、湿度、酸素含有量の調節などによって異なる風味の麹が作られる。
麹は千差万別で、その土地の特質と職人の手法によって違う。「一地一麹、一麹一香」と言われ、地方ごとに麹の種類があり、それぞれ異なる香りがあることを指す。香りのタイプから分類すると、高温は香りを引き出し、低温はさっぱりした甘みとなり、一般的には醤香・濃香・清香・米香の四つのタイプがある。
醤香タイプの白酒は豆を発酵させたみその香りがして、貴州の茅台酒と四川の郎酒が最も有名だ。濃香タイプは口当たりが甘く、のど越しがマイルドで味わいが長く残る。四川の瀘州老窖特曲や五糧液、古井貢酒が代表的だ。清香タイプの代表は山西省杏花村の汾酒で、米香タイプは柔らかな香りと味わいが残るのが特徴で、代表的なものに広西チワン(壮)族自治区桂林の三花酒、小曲米酒などがある。
酒の貯蔵には恒温・恒湿の環境が求められ、保存する場所も重要であるため、中には貯蔵場所の洞窟や坑道にちなんで名付けられた酒もある。「山紫水明の土地には名酒が生まれる」と言われるが、まさにその通りだ。
中国酒の名の由来は数えきれないほど多いが、名前からおよそどんな酒かが分かる。「五糧液」の麹は、その名の通り五つの食糧(穀物)を混ぜて造られている。酒の種類と命名は、麹の種類や貯蔵場所のほかに、生産地が最も重要だ。茅台酒は「茅が茂った高台で造られる」意味が含まれ、郎酒は赤水河にある二郎灘の渡し場で生まれた。
黄酒
唐代の詩人・王翰(687~726年)の『涼州詞』は最も早く葡萄酒(ワイン)を取り上げた名詩だ。
葡萄美酒夜光杯,欲飲琵琶馬上催。
酔臥沙場君莫笑,古来征戦幾人回。
(葡萄で作った美酒を玉の夜光杯に注ぎ飲もうとすると、馬上から琵琶が出発を急き立てるように鳴り響く。酔って戦場の砂漠に倒れ伏しても、君よ笑ってくれるな。昔から戦に出て、いったいどれだけの人が生きて帰ってきたというのか)
だが、中国でのワインの醸造の歴史はもっと長く、紀元前2世紀の前漢期にまでさかのぼる。外交家の張騫(?~紀元前114年)が西域に遠征し、ブドウの種を持ち帰ったことが始まりとされる。
明代の名医・李時珍(1518~93年)は、酒を「酒、焼酎、葡萄酒」の大きく三つに分類した。このうちの酒とは、穀物の醸造酒、すなわち黄酒を指している。中国の黄酒は、ワインやビールと同じように醸造技術によって作られ、南部地方で多く飲まれている。
黄酒の定義は、米、キビ、黒米、トウモロコシ、小麦などを原料とし、蒸してから麦麹または米麹を混ぜ合わせて糖化、発酵させて造った各種の酒のことだ。古くは宋代、浙江の紹興では家々が黄酒を造っており、清朝時代になると紹興酒はすでに広く名を知られていた。
黄酒のうち最も良いのは「花雕」で、極上のもち米と最上級の麦麹を選び、江蘇・浙江一帯の澄み切った湖水を使い、昔ながらの方法で醸造される。さらに、長い時間をかけて貯蔵することにより独特の風味が生まれ、栄養分も増す。こうした年代物には3年物、5年物から、8年や10年、さらに数十年物まである。
花雕酒は「女児紅」と同様に長く貯蔵することが必要だ。「女児紅」とは、江南一帯の裕福な家に女児が生まれたら、生後1カ月の祝いに、かめに酒を仕込み、封をして保存しておく黄酒のことだ。そして、その娘が大きくなって嫁入りする日に、この年代物の酒を取り出して客に振る舞うのが習わしだった。
薬用酒と健康酒
「醫(医)」の偏旁が「酉」であることから、古代は薬として酒を造り、医療や健康保持・増進の効果があったことが分かる。中国の薬用酒と健康酒の主な特徴は、酒の醸造過程と醸造後に生薬を入れる点だ。薬用酒は病気の治療を目的としているのに対し、健康酒は健康を保持・増進する働きがあり、「気血」を補い、滋養強壮を助ける。
薬用酒は飲む以外に、外傷治療にも使え、中医学の医師は按摩(マッサージ)の際に使うこともある。