根菜類(下)と麩(ふ)

2024-07-22 14:47:00

東洋では、豆腐を除けば、大根が最も代表的な精進料理の食材といえるだろう。明代の医薬学者李時珍(1519~93年)は、自身が編さんした薬物学の大著『本草綱目』の中で、大根を「あらゆる野菜の中で最も役に立つもの」と賞賛している。  

私たちは子どもの頃、「大根を抜く、大根を抜く、エッサホイサッサ大根を抜く……」という童謡をよく口にしていたので、幼心に地面の下にあるものを抜くのはきっと大変なことなのだと思った。その後、自分で栽培してみて初めて、「湿り気があり砂を多く含む土に育ったものは甘くてカリカリし、痩せた土で育ったものは硬くて辛い」ということを知った。土壌の柔らかさと湿度が大根作りのポイントのようだ。 

言い伝えによれば、唐代にはすでに白い大根が栽培されており、僧侶たちが供物として信者に贈っていたという。大根はまたの名を「莱」とも言い、福建語では「菜頭」と呼ばれ、「好彩頭」(良い縁起)を象徴する意味がある。そのため、選挙や新年の際に幸運を授かる飾り物にもなっている。 

大根を買うときは、軽くたたいて中身の詰まった音がするものが良いとお手伝いさんに教わった。調理する前に大根を切って洗い、しばらく置いておくと自然に水分が抜け、煮汁が染み込みやすくなるという。忙しいときは、大根を米と一緒に水に入れ、下ゆでして冷蔵保存し、食べる直前にさまざまな味のスープに入れると便利だ。これは家庭であらかじめ準備でき、非常に重宝する。 

生の大根は甘くて歯ごたえがあっておいしいが、漢方では水分を補い、体を冷やす性質があるとされており、煮ると体を温め血や気の巡りを良くする。私の友人は長い間咳が止まらず、漢方医に大根を食べるように言われた。『本草綱目』によれば、大根にはたんを切る効果がある。だが、漢方薬を服用しているときに大根を食べると、食べ合わせの問題で薬の効果を損なう場合が多くあるので注意が必要だ。 

中国人は大根の食べ方を極めたと言ってもよい。台湾では大根の若葉を漬けて発酵させた酸菜にする。これはカラシナよりも苦みが少なく、シャキシャキとした食感が楽しめる。また、大根の若芽は家庭でよく食べられる葉野菜だ。その他にも大根は、サラダやスープにしたり、菜脯(ツァイプー)(塩漬け干し大根)やみそ漬けにしたり、さらに大根餅や大根パイなどにもする。 

毎年旧正月(春節)の前になると、友人の王姉さんが大根の皮の漬物を何袋か送ってくれる。王姉さんの料理の腕前には誰もかなわない。経営するレストラン「華声坊」では、旧正月前にさまざまな大根のお菓子を作るので、余った大根の皮を漬け込み香ばしくパリパリとした食前用の漬物にして、友人や親戚に贈っている。 

王姉さんの作る料理の食感と味は他の誰にもまねができないもので、私はその漬物をいつも心待ちにしていた。年末年始の脂っこい食事の期間中、こうした前菜はさっぱりとして口直しになり、食欲も出てくる。大根は、頭からしっぽまで、中から外まで、実に使い勝手のよい食材だとつくづく思う。 

私の親友である華真さんのお母さんは、台湾南投地方の大根の漬物レシピを持っている。それは、台湾の古い台所の片隅で伝え継がれてきた味の記憶だ。特におすすめなのがこれだ――準備するのは大根5に対して塩250、いずれも茶碗半分の砂糖、酢、しょうゆ、ゴマ油。まず大根の頭としっぽを切り落とし、丸ごと洗って薄く切りにし、塩をふり2日ほど漬けておく。その後、清潔な布袋に入れ、重しを載せて水分を絞り出す。しょうゆ、砂糖、酢の煮冷ましを作っておき、これにゴマ油を加えて水気を切った大根とあえ、冷蔵庫で1週間ほど寝かせれば出来上がりだ。 

台湾の田舎には「老菜脯」という塩漬け干し大根の古漬けがあり、少なくとも十数年、古いものでは100年以上で、高麗人参よりも貴重とされている。私は以前にそう聞いていただけだったが、偶然食べてみたら、本当にこの世の絶品だと思った。 

友人の憲能兄さんと月芸姉さんは、アンティーク家具と茶をこよなく愛する。豊富なコレクションがあるだけでなく、そのどれもが素晴らしく、古い茶つぼだけでも何百と持っている。そのコレクションを展示するために、二人は大きな古い製茶工場を購入した。私は、そのユニークなアート空間でよく写真を撮らせてもらった。 

ある日、ちょっと変わった茶つぼが目に留まった。特別な一角に置かれてあり、憲能兄さんに聞くと、なんと中には90年ものの老菜脯が入っていたのだという。骨董品のつぼやかめを集めていて偶然、中に菜脯が残っているのを見つけ、元の持ち主に尋ねたら90年の歴史があると分かったのだ。 

私は興奮し、少し分けてほしいと言ったら、二人は気前よく90年ものだけでなく、他の50年ものの老菜脯もおすそ分けしてくれた。後日、私は一席設けて二人に感謝の意を表した――主菜は、地鶏を2羽使い、それぞれ90年ものと50年ものの老菜脯を煮込んだスープだった。その甘みとコクのある後味は印象に残った。 

この90年ものの老菜脯の色は、深い黒で素朴でいてしっとりとしたツヤがあり、今までで一番美しい黒だと感じた。最も特徴的だったのは、その古漬けたくあんの表面にキラキラと輝く細かな塩の結晶が一粒一粒、満遍なくあったことで、これは時間をかけて精錬され再生されたものだ。 

中国医学によると、老菜脯には滋陰(体液の補充)や解毒、血行促進、精神安定の効き目があるそうだ。鶏肉と一緒に煮込んでスープにすると、調味料を何も加えなくても、濃厚な香りが部屋中に広がる。煮た後に老菜脯を取り出せば、再び煮ることができ、2回、3回とその味を楽しむことができる。 

                                      

麩(グルテン類)については、以前に「(中国の)中原から伝わった小麦粉料理の文化」でその作り方を紹介したことがある。小麦粉から得たグルテンに酵母と砂糖を加え、温めて発酵させ、さらに蒸すと麩ができる。大した字数もない説明に見えるが、実際に自分で作るとなると簡単なことではない。 

米国に移り住んだ友人のベティーは、グルテン料理の作り方をいろいろ教えてくれた。米国のスーパーで売っている強力粉約180に、カップ1杯ほどの水を加えて混ぜたものを、小さく切って油で揚げれば揚げ麩になり、箸で少し丸めて水に入れて煮ると「麺腸」になる。また、ベーキングパウダーを大さじ1杯加えて30分ほど蒸して膨らませ、冷水に10分ほど浸して水分を絞り出し、再び湯と冷水に2回ずつ交互に浸すとスポンジのような食感になる。これが蒸し麩だ。 

もともと強力粉は、米国人がパンの弾力を増し、パンが硬くなるのを遅らせるために使ったベーキング用品だ。しかし、まさかそれがグルテン食品の材料になるとは、まさに海外在住の中国人にとっての福音だ。 

わが家のお手伝いさんが作る麩料理は最高においしい。彼女は麩を手でちぎるが、そのちぎり方が誰よりもカッコ良い。大きさも適切で、キクラゲや干しシイタケ、タケノコ(干しタケノコでもよい)と一緒にしょうゆ煮込みにする。 

お手伝いさんは麩を調理する前の晩、干しシイタケと干しタケノコを水に浸し、重しの皿を載せる。干しシイタケを戻して軟らかくなったら取り出し、出汁は料理に使うので取っておく。麩にはたくさんの細かな穴があるので、煮込むときにシイタケやしょうゆのうま味を簡単に吸収しておいしくなるのだ。 

お手伝いさんはまた、グルテンに強力粉を加え、よりしっかりとした生地に練り込み、これに麦芽糖で味付けして叉焼(チャーシュー)のような食感の一品に焼き上げる。実に巧みで面白い作り方だ。グルテンの発明により、中国人の精進料理に食べ応えがある品々が生まれ、西洋人の菜食料理よりも格段に豊かな味になった。 

『伝家』とは 

台湾の女性作家姚任祥さんが7年の歳月をかけて書き上げた力作。春冬の全4冊からなり、それぞれ六つのコーナーに分かれ、優雅な文体と美しい写真により、中国人の生活様式と伝統文化を季節ごとに描き出している。著者は、自身の家に代々伝わる「家伝」を通して、この本を読んだ人一人一人が自分の家に「家伝」を持つことを願っている。同書は、中国人なら誰もが持っておきたい伝統文化の百科全書であり、外国人が、古今を通じた中国人のライフスタイルとそこに宿る知恵を知る良き入門書である。 

著者プロフィール 

姚任祥Yao Renxiang) 

1959年生まれ。著名な京劇女優顧正秋(19282016年)の末娘で、国学の巨匠南懐瑾(19182012年)の弟子。16歳で芸能界にデビュー、初期の学園アイドル歌手の一人。現在、台湾を代表する建築家姚仁喜の妻で、3人の子の母親でもある。宝飾デザイナーで、美をこよなく愛し、20年来、さまざまなジュエリー作品のデザインを手掛けている。また作家としても活躍し、海外に留学する子どもたちが中国の伝統文化を忘れないようにと、『伝家』を出版した。 

 

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