卵(上)

2024-12-23 16:09:00

その民族の食文化を知りたければ、まず卵の扱いを見てみればよい。中国人の卵料理をざっと思い浮かべてみるだけでも、ごく日常的な目玉焼き、いり卵、溶いた卵を両面しっかり焼き固めた「烘蛋(ホンダン)」、溶き卵に水やスープを加えて蒸した「蒸蛋(ジョンダン)」に始まり、味つけ煮卵、殻ごと茶葉が入った煮汁で煮込んだ「茶葉蛋(チャーイエダン)」、薫製卵、ゆで卵を醤油などで煮込んで固く風乾させた「鉄蛋(ティエダン)」などがある。さらにアヒルの卵の性質を利用した塩漬け卵やピータンも立派な卵料理の一つであり、この二つと鶏卵を組み合わせ、モザイクのように仕上げた美しい冷菜を「三色蛋(サンスーダン)」と呼ぶ。 

 三色蛋は、ゆでたアヒルの卵の塩漬けとピータンを小さく切り、スープなどの液体を加えた溶き卵と合わせて蒸す。冷ましてから切ると、ピータンの黒、塩漬け卵の黄色と白が、モザイクのような美しい模様となって現れる。作り方はいたってシンプルだが、色や食感の異なる3種の卵を混ぜて蒸すことを考えついた人は、大したアイデアマンだ。また、広東料理には「金銀蛋莧菜(ジンインダンシエンツァイ)」という料理があるが、これはニンニクとヒユナを炒めて水やスープをさし、さいの目に切ったアヒルの卵の塩漬けとピータンを加えてさっと煮、鶏卵の白身をかきたま状に流して仕上げたもので、異なる味の卵を異なるテクスチャで味わうことができる、実にアーティスティックな料理だ。 

溏心蛋(タンシンダン)もまた面白い料理だが、三色蛋よりも難易度はいささか上がる。「溏心」の「溏」はさんずいが示す通り「ゆるい」という意味で、台湾地区では、黄身の真ん中がとろりと柔らかい味付け卵を溏心蛋と呼ぶ。まず醤油、砂糖、五香粉、生姜、ネギを煮詰めて冷まし、マリネ液を作る。次に常温の卵の殻に軽くひびを入れ、白身が流れ出ないよう酢を少量加えた水に入れて火にかけ、沸騰後78分ゆでる。ゆでている最中は時々卵を転がしてやると、黄身がきれいに真ん中におさまる。火を止めて2分ほど予熱で火を入れた後、水道の蛇口の下に持っていって冷水で急冷すると、殻がきれいにむける。それをマリネ液に丸一日漬ける。半分に切ってきれいに盛り付ければ、それだけで立派な前菜になる。 

「黄身のない卵」も面白い。鶏卵に小さな穴を開けて中身を出し、白身だけ鶏の濃いスープと混ぜ合わせて殻に戻し、蒸し上げたものだ。殻をむいたら、真ん中まで真っ白なゆで卵が現れる。黄身のコレステロールを気にする必要もなく、鶏のスープで味付けされた白身がおいしくいただける逸品だ。「混套(フンタオ)」(卵の殻で白身と鶏スープが一体になった状態を指す)という料理名も、なかなかユニークだ。 

旧正月によく食べられる卵ギョーザも独創的だ。小さく丸く作った薄焼き卵にひき肉、白菜、春雨の(あん)を乗せ、半分に折りたたんでギョーザの形にする。その色から母は「金元宝」と呼んでいたが、作るのが手間なので、縁起物の「金元宝」にお目にかかれるのは旧正月に限られていた。 

たかが卵料理と侮るなかれ、おいしく食べるためには、火加減と温度が何より大切だ。温泉卵や牛肉と卵の炒めものは70度、いり卵は75度が理想で、強火ではなく中火で加熱する。いり卵と目玉焼きは油を熱したところに卵を入れたらすぐに火を止め、その後再び火をつけて好みの固さになるよう仕上げていく。いり卵の味付けに、牛乳やスープストックを入れる人もいる。目玉焼きの油温は高めでもよい。熱した油に卵を落としたら、端が少し焦げてカリッとするまで焼く。皿に盛ってフライパンに残った油と醤油を回しかけ、余熱で卵白に少し火を通す。落とし卵を作るときは、必ずお湯が完全に沸騰してから卵を入れること。白身の薄衣に包まれた柔らかな黄身が、わずかに透けて見える状態が最高だ。わが家の落とし卵はもっぱら糖水で煮た甘いもので、時には少量の酒醸(甘酒)を入れることもある。 

蒸し卵を作るときは、泡を立てないよう注意しつつ箸を同じ方向に回してよく解きほぐし、2~3倍量のスープストックを加えてこし、蒸し上げる。ひき肉が入った蒸し卵は、子どもが大好きな家庭料理だ。 

卵の殻だって器として十分役に立つ。例えば、卵白とジャガイモとニンジンをマヨネーズであえたサラダを殻に詰めて、上からハムのみじん切りを散らしてもよいし、珍しいところではウニやキャビア、トリュフのスライスを詰めたりもできる。カスタードプディングなどのお菓子の器にしたりしても良い。そのどれもが、繊細で巧妙な「卵を食べる」という芸術だ。 

鹹蛋(シエンダン)(塩漬けのアヒルの卵)の別名は「腌蛋(イエンダン)」で、かつては比較的裕福な家庭がおかゆの友にしていた。黄身が赤みを帯び、油が流れるほどたっぷり含まれているものは「紅心蛋」と呼ばれる最高級品で、月餅の芯によく使われる。塩漬けのやり方は地域ごとに異なり、味も変わってくる。一般的なのは、新鮮なアヒルの卵に各家庭の好みに調整した調味液を加えて混ぜた砂、粘土、泥、小麦粉を塗りつけるか塩水に漬けるかし、3~6週間寝かせるという方法だ。出来上がった塩漬け卵はゆでておかゆと一緒に食べたり、前述の三色卵にしたりする。他にも白身で塩味をつけたひき肉の中央に黄身を乗せて蒸した「鹹蛋蒸肉(シエンダンジョンロー)」や、ゆでてみじん切りにしたものをゴーヤと炒め合わせた「鹹蛋炒苦瓜(シエンダンチャオクーグア)」など、いずれも昔から愛されてきたご飯が進むおかずだ。 

ピータンの別名は松花蛋(ソンホワダン)で、明代初期に発明されたと言われる。湖南省益陽県のアヒル農家で、アヒルが石灰に卵を産み落とした。それがしばらくたってから見つかり、食べてみたら思いの外おいしかった、というのが始まりだそうだ。松花蛋は中国北方の呼び方で、米ぬか、木やわらを燃やして作った灰、泥を混ぜたものをアヒルの卵に塗りつけて作る。気温が低い北方の気候で2カ月ちょっと寝かせると、白身は半透明の濃緑色に変わり、ゼリーのように固まる。殻をむいたピータンの表面に出る白い結晶が松の花に似ているため、松花蛋と呼ばれるようになった。ピータンは漢方で言うところの「寒」、つまり体を冷やすものなので、それを中和するためにショウガの甘酢漬けを添え、酢をつけて食べると最高においしい。 

私が理想とするピータンは、香港のレストラン鏞記酒家の自家製だ。黄身の周辺はしっかり固まっているのに中心はとろりとした液状で、そのバランスがちょうど良く、素晴らしい食感なのだ。2代目オーナーの甘さんによると、今も古書にのっとった方法で作っていて、温度を管理しつつ35日漬けた卵を、42日目から49日目の食べ頃に提供しているという。食べ頃のピータンの黄身は確実に中心がとろりとしているが、食べ頃を過ぎると状態が変わるので、かゆ用に回される。つまり、保存食のピータンにも食べ頃があるということだ。ピータン作りには月の満ち欠けも関係していて、月齢の1日目か15日目に漬け始めると、黄身がきれいに真ん中におさまるという説もある。 

ピータン作りに必須なのは、アヒルの卵をアルカリ溶液と消石灰に漬ける作業だ。これによりタンパク質が変質してゼリー状に変わる。つまりピータンは得難いアルカリ性の加工食品なのだ。ゼリー状に変わるタイミングを見逃すと溶けてしまうから、作るのにもある程度の経験値が必要となる。目利きのお年寄りによると、殻に斑点がなくなめらかで、指で軽くはじいて弾力ある振動が感じられるものが良品だという。 

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