卵(下)

2025-01-22 14:03:00

「鶏蛋鶏蛋破鶏蛋,看誰買到破鶏蛋(卵、卵、割れ卵、割れたの買う人だれだ)」 

私が子どもの頃の数え歌だ。年を重ねるにつれ、卵を買うたびにこの歌を思い出すのは、うっかりよくない卵を買ってしまうことがあるからだ。それが高じて、数年前からニワトリまで飼うようになった。 

きっかけは、私にパソコンを売ってくれた洪さんから、お父さんが鶏を飼っていると聞いたことだった。メンドリを2羽譲ってもらえないかと聞くと、夫のパソコンを交換するときに産卵用のメンドリ2羽も一緒に抱えてきてくれたのだが、その少し前に、宜蘭の「不老部落」に住む潘さんが鶏を山でいっぱい飼っているのを見、しかも彼が養鶏を始めたのはほんの数年前だということを聞いて、地鶏を2羽譲ってもらえないかとちょうど聞いたところだった。 

台北出身の潘さんは景観建築の仕事をしていたが、少数民族のお姫様と結婚したので、将来は集落の酋長になることが決まっている。彼は台湾地区の少数民族の自然と共生するライフスタイルを、都会の人々に紹介したいと考えていて、自分の集落に五つ星クラスのレストランをつくり、自然生活と飲食を融合した新ビジネスを始めた。評判は口コミで広まり、今の彼は大忙しだ。 

お姫様は料理が得意で、自分で育てたアワや野菜に山菜や山で狩ったイノシシを取り合わせた、シンプルで自然な、しかしとても繊細な美味をこしらえる。添えられる酒はアワを醸した自家製だ。ただしイノシシは毎日必ず狩れるものではないから、代替として放し飼いの鶏を飼おうということになったらしい。かくして、鶏を飼ったことがない少数民族がついに養鶏を始めることとなった。 

潘さんは友人からひな鶏をひと群れ買ってきたが、成長して卵を産むようになっても、卵を生み落としたら、孵化(ふか)させずにさっさとどこかに消えてしまう。どうやら彼らは繁殖という一大行事に全く関心がないということが分かった。養鶏がすっかり工業化してしまった今、卵は大型養鶏場の電球に温められて孵化するものだ。卵を産んだメンドリは好き勝手に歩き回れるが、集落は大型養鶏場ではない。そこで潘さんはアワ酒のつぼをいくつも下げて集落の長老を訪ね、それをいくつも空けた後にようやく卵を温めてくれるメンドリの「博士」を2羽貸してもらうことに成功した。 

「不老部落」に着いたメンドリ博士は早速卵の上に座って卵を温め始めたが、卵を産んだメンドリたちは「博士」大先生の行為が全く理解できないようで、相変わらずそこら中で遊び回っている。そこで潘さんは「学校」を作って、どのように子孫を残していくのかを若いメンドリたちに見せようと画策、竹編みのケージに博士と若鶏を一緒に入れ、マンツーマンの授業を行わせた。私が見に行ったときはまさにその授業の真っ最中で、真剣な面持ちで卵を温めている博士の周りを孵化したヒヨコが取り囲み、若鶏たちもそれを一生懸命観察しているように見えた。かくして潘さんの孵化塾は成功し、養鶏業も無事に続けることができるようになったという。 

潘さんは2羽のメンドリと一緒に1羽の意気軒高なオンドリをくれたので、わが家は鶏と犬がけたたましく飛び駆け回る動物ランドのようになってしまった。私は慌てて彼らを引き離し、ケージを買って洪さんがくれた産卵用の鶏を2階のバルコニーへと避難させた。「気温は一定に、寒すぎても暑すぎてもいけない」と洪さんに再三言われていたので、ケージには帆布や厚手の木綿を敷きつめた。潘さんの地鶏は1階の廊下の端に置き、柵を立てて犬と鉢合わせしないようにした。洪さんは「産卵用の鶏には専用飼料を買うように」と言っていたので飼料を売る店に行ってみたのだが、そうした飼料はどれも化学的なもので私の目指すところとは違っていたから、自然の穀物や米ぬかなどを買ってきて、葉物野菜や台所で出た余り物を混ぜ合わせて自然素材の飼料を作り、「姚家特製飼料」としてどの鶏にもこれを食べさせることにした。 

わが家に来たばかりの頃、産卵用の鶏は毎日一度、地鶏は23日に一度卵を産んでいた。天気が良いときには彼らを屋上の菜園に放してやったが、産卵用の鶏はあまり歩くのが得意でないようだ。重心が定まらずよろよろするので、きれいな赤色のとさかが右へ左へと倒れて目をふさぎ、数歩歩いただけで座り込んでしまうありさまだ。生まれつきケージで永遠にじっとしているのが定めであるかのようで、地鶏と一緒に放してみると驚いてしきりに隠れたがる。一方地鶏は全く様子が違っていて、元気よく菜園を駆け回っている。私は彼らが野菜につく虫を食べてくれるものと期待していたのだが、残念なことに新鮮な野菜を奪い合うばかりで、しかもその動きといったら驚くほど素早いのだ。 

結局、産卵用の鶏はわが家の特製飼料をあまり好まず栄養不足になり、産んだ卵はすぐに割れてしまうような代物になってしまった。息子の小元が「炭酸水を飲ませたらもしかしたら殻が固くなるかも」というので試しに高級炭酸水を買って与えてみたが、結果は変わらず、相変わらずすぐに割れる卵ばかりが産まれてきた。飼料の内容をよくよく見てみるといずれも伝統的な食材ばかりで、昔の鶏だって特別なものは食べていなかったはずなのだが……。一方の地鶏は絶好調で、2羽が1週間に67個の卵を安定して産み続けていた。 

悩んだ私は養鶏協会に駆け込んで、卵の殻が割れてしまう悩みを相談したのだが、実験好きな主婦の疑問に向き合ってくれる人は誰もいなかった。文献を当たってみても、気温や飼料や飼育環境に注意するようにとしか書かれていない。どうやら、産卵用の鶏を地鶏同様に育てたり、私のように実験をしてみたりするばかものはいない、ということのようだ。 

産卵用の鶏は明らかにわが家での生活になじめない様子だったので、近所の人に譲ることにした。彼らは喜んで市販の合成飼料を与え、鶏をあたかも機械のように育てていた。反面地鶏はというと、家を作ってやる必要も気温に気を配る必要もない。毎日元気に歩き回り、犬たちと柵越しににらみ合い、いつでも万全の臨戦態勢を整えている。 

唯一の問題はオンドリだった。明け方の4時半には鳴き始めるので、夫はその声で目が覚めてしまい、起きて瞑想(めいそう)を始めるしかなくなった。隣に住む80歳を超える老夫婦にも、「久しぶりに鶏の鳴き声を聞きましたよ」とやんわりと言われてしまった。私は平謝りに謝るしかなく、もうこれ以上人さまに迷惑はかけられないと、結局オンドリは潘さんにお返しした。 

地鶏の卵を母にあげたところ、「ちゃんと卵の味がする卵を久しぶりに食べた!」と喜んでくれた。総じて売られている鶏卵は「養鶏工場」で量産されたもので、24時間明かりがつきっぱなしの環境で鶏は不眠不休、場合によっては1日に2回も産卵するので体を壊す。そんな環境で産まれた卵の品質など、推して知るべしだろう。 

かくして自ら鶏を飼い経験を積んだ私は、工場のように大量生産された卵を買わないように、できれば褐色の殻の地鶏卵を買うようにと、友人たちに触れ回っている。地鶏の餌は自然に近いものだし、彼らには何より旺盛な生命力がある。気温や飼料が厳格に管理された産卵用の鶏よりも、元々の生きる力が十分に備わっているからだ。 

 

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