鶏とアヒル
鶏(ニワトリ)は、全ての部位を無駄なく使える優れた食材だ。
筋がないむね肉はそぎ切り、角切り、細切り、ひき肉いずれにも向き、皮が厚い手羽は滷味(香辛料の入った煮汁で煮込む)や紅焼(醤油煮)に、もも肉はグリルに向いている。ゼラチン質が豊富な鳳爪(足)は、滷味や紅焼の煮汁のだしに、頭、首、モツ、ぼんじり(尻先端の三角部分)は滷味にするのが良い。ガラは湯通しして洗い、ネギ、ショウガを入れて煮出すと濃厚なスープが取れる。
台湾地区は鶏の種類が外国よりも多い。たとえばブロイラーは唐揚げや炒め物に、地鶏や烏骨鶏は煮込み料理に、地鶏に似た「仿土鶏」は白切鶏(丸ごとゆでてぶつ切りにしたもの)、酔鶏(ゆで鶏の紹興酒風味)、薫製に使える。ひとくちに鶏といっても、飼育環境や成長期間で料理法は大きく変わってきて、狭い飼育スペースで急速に成長させられた鶏と、山でゆっくりと育てられた鶏では、食感がまったく違う。前者は長時間の煮込みには向かず、調味液につけ込むか、唐揚げ粉をまぶして揚げ物にすることが多い。対して後者は肉質がしっかりしているから長く煮込んでも大丈夫で、鶏のうま味を存分に引き出すことができる。
私は台北の有名レストラン「秀蘭小館」のオーナーと知り合いなのだが、彼女が開業当初に出していた白切鶏は、土地を囲って鶏を放し飼いにし、運動させるためにわざわざ人を雇って追い立てたものを使っていたという。これが長じて今の仿土鶏となった。
白切鶏は彼女の得意料理だった。まずは鶏の臭みを取りつつ温めるために首つるから持ち上げた鶏にまんべんなく熱湯をかけ、その後熱湯につけたり取り出したりを何度か繰り返す。そして新しく替えた熱湯に入れ、とろ火で蒸らし煮して氷水で締めたら出来上がり。こうしてできた白切鶏は、うま味をたっぷり含んだしっとり加減が絶妙で、ひと切れ、もうひと切れと箸が進む逸品だった。
烏骨鶏は漢方薬剤と煮込むと滋養強壮に良く、特に女性向けとされているのだが、烏骨鶏といえば思い出すのが、大学時代のことだ。ちょうどグレーのストッキングがはやり始めていた頃で、私はオーバーサイズの白シャツにグレーのミニスカート、グレーのストッキングというコーディネートでさっそうと登校した。自分ではイケてると思っていたのに、教授からは「まるで白毛烏骨鶏だな」とからかわれ、腹立たしいやらおかしいやら、複雑な気分になったものだった。
足やモツは滷味に適している。うちのお手伝いさんは滷味の下ごしらえとして鶏皮や豚皮を少し加え、煮出して出たゼラチン質でとろみをつける。私の夫の仁喜は、「鶏の足を食べると字が下手になる」と義母が言って食べさせてくれなかったらしい。私の母は好きなだけ食べさせてくれたから、いまだに字が下手くそなのはそのせいなのかもしれない。
鶏のスープには地鶏が必須だが、味に深みを出すためには、中華ハムや乾燥タケノコを少量加えると良い。この鶏のスープで麺や泡飯(中華雑炊)を作ると、最高においしい。スープを取るときは浮いてくる脂を小まめにすくわないといけないが、その脂は取っておいて、鶏油として豆腐の炒め煮などに使えば良い。
台湾には、娘が妊娠した母親が自ら育てたメンドリの卵をふ化させ、9カ月育ててからその肉を出産後の娘に食べさせて産後の体力回復を図る、という風習がある。産褥期に欠かせない料理の麻油鶏(鶏をごま油、ショウガ、台湾米酒で煮込んだスープ)は、地鶏とひねショウガと黒ごま油を使う。
私の産褥期の面倒を見てくれた宜蘭出身のお手伝いさんは、「黒ごま油ショウガが一番」と言っては黒ごま油で半鍋分のショウガを炒め、冷ましてから密封保存し、毎日少しずつ取り出しては鶏や豚マメ(腎臓)や卵を煮て食べさせてくれた。赤ん坊の頭や眉毛にまで黒ごま油を塗っていたのには大層驚いたが、塗れば髪や眉毛が黒々ふさふさになる、ということなのだろう。
1984年にマクドナルドが台湾に進出するまで、台湾で鶏といったらほとんどが地鶏だった。地鶏の肉は、ブロイラーのように白くはない。
当時、中部地域の布専門店の方が6歳の息子さんを連れて台北まで布を届けに来てくれたので、私は感謝の気持ちを込めて、息子さんに「チキンナゲットを食べに行きましょう。とてもおいしいわよ」と声を掛け、二人を新しくオープンしたばかりのマクドナルドに招待した。最初はおまけのおもちゃに夢中だった息子さんが、ようやく一切れを手にとったので、ナゲットについてきたソースにつけてごらん、というと彼は言われた通りにした。が、一口食べるや吐き出してしまい、「これ、鶏じゃないよ」と顔をしかめた。父親はバツが悪そうな様子で「お前は分かってないな」としかっていたが、その実私も「確かに、これは私たちが知っている鶏の味ではない」と感じていた。かくしてマクドナルドを早々に出た私は彼の手を引いて夜市に行き、白切鶏や鶏肉飯(細く裂いたゆで鶏を乗せたご飯)を頼んで3人で心ゆくまで幸せを味わった。
アヒル(家鴨)は体が大きく、家庭でさばくのはなかなか難しい。鶏と違って脂が少なく肉が柔らかい、若い個体が良品とされる。
中国でアヒルの料理といえば、北は「北京ダック」、南は「板鴨」だ。特に北京ダックは世界にその名を知られて久しい。
伝統的な北京ダックは特別な炉でつるし焼きにするが、ここでは家庭用オーブンでも作れる方法を紹介する。
まずアヒルの胸部分の穴を皮で覆ってたこ糸で縫い閉じる。そして尻側の穴からポンプで空気を吹き込むか酒瓶の首に通し、皮が張った状態にする。沸騰した湯を数回かけ、皮をしっかり張らせる。これで焼き上がったときの皮がさらにパリッとする。
次に蜂蜜、酒、酢を2・1・1の割合で混ぜてお湯少々で溶き伸ばし、熱いうちにアヒルの全身にむらなく数回塗り重ね、つるして自然乾燥させる。焼く前にマントウ(中身のない中華蒸しパン)を水で湿らせたものとリンゴなどの香りが良い果物を詰め、尻側の穴をしっかりと縫い閉じてから天板に仰向けに置き、200度前後に予熱したオーブンに入れる。約30分焼いた後、120度に温度を落としてさらに1時間焼く。アヒルが大きければさらに30分延長し、最後に裏返して20分焼く。焼き上がった北京ダックはお店のようになるべく薄く皮をそぎ、長ネギや甜麺醤と一緒に薄餅(薄焼きの皮)で包んで食べる。
皮をそいだ後に残った肉は炒め物にも使える。よくやるのが、肉を細く裂いてモヤシと炒め合わせたものだ。肉をそいだ後の骨も捨ててはいけない。酸菜(白菜の古漬け)と煮込んだスープも良いし、米と一緒に煮込んでおかゆにすれば、うま味が米に染み込んで得も言えぬおいしさだ。
南京板鴨は、アヒルを丸ごと塩水に漬けた後に風干ししたものだが、仕込む時期によって「腊板鴨」と「春板鴨」に分けられる。旧暦の10月下旬から12月下旬に仕込むのが「腊板鴨」だ。気温が低い時期でしっかり漬かるから、半年は保つ。一方、旧暦の1月から2月末に仕込むのが「春板鴨」で、こちらは3〜4カ月しか保たない。板鴨は、表面が乾燥し、脚の部分が硬いものを選ぶとよい。皮の色が白か乳白色のものがよいとされ、暗赤色や紫色のものは避けた方がいい。
四川料理の中でもまた格別なのが、樟茶鴨だ。塩、サンショウ、硝石を擦り込んでしばらく置いてから風干しし、茶葉や果物の皮で色が変わって風味がつくまでしっかりといぶしてから、サクッとするまで油で揚げる。
台湾の「姜母鴨(ひねショウガとアヒルの煮込み)」は、体を温める料理として冬の食卓に欠かせない。かつては冬至に食べるものだったが、近年では専門店があちこちにある。ただしほとんどの店が夏は休業して秋冬にだけ店を開けるスタイルを取っていて、シーズン中は連日大盛況だ。私は初めて「公姜母鴨」という看板を見たときに、「公(オス)のショウガと母(メス)のアヒル」という意味だと思い込んで「公姜、母鴨」と分けて読んでいたら、夫の仁喜に散々笑われ、「公鴨(オスのアヒル)と姜母(ひねショウガ)の組み合わせだから、『公、姜母鴨』と読むのが正解」と教えられた。
中国語では姜母を老姜とも言う。一株のショウガは、根元の「姜母」、真ん中の「中姜」、一番上の「嫩姜」の三つに分けられる。血行を促進する姜母は、冬の寒さを和らげるための大切な食材だ。
最後に姜母鴨の作り方を。まずひねショウガを黒ごま油で香りが出るまで炒めたら、当帰、参須(薬用人参のひげ根)、黄耆などの漢方薬材と台湾米酒を加えて煮込めば出来上がり。姜母鴨ひと碗で、冷え切った冬の体が芯からじんわりほかほかと温まる。