大閘蟹

2025-09-24 14:57:00

黄金色の秋の記憶 

秋の黄金色と言えば普通は紅葉だが、私が思い浮かべるのは幼い頃の「蟹宴」(カニパーティー)だ。 

もう40年以上も前のことになる。当時の台湾地区は大陸部の大閘蟹(ダージャーシエ)(シャンハイガニ)が正規ルートで入ってくることがなかったので、上海生まれのカニ好きはツアーを組んで香港まで食べに行ったり、税関で押収された競売品を入手したりと、手を尽くして秋の味を楽しんでいた。私も風が涼しい秋風に変わる頃になると、両親が親戚や友人宅の蟹宴に連れて行ってくれたし、毎年2、3回は親戚や知人からの贈り物が届けられていた。高価、入手困難、ぎっしり詰まった貴重なミソの黄金色の三要素が、いつしか私の中で「黄金の秋=大閘蟹」というイメージをつくっていった。「一生に一度は大閘蟹を食べるべき」と言う人もいるほど、その味は人を引きつけてやまない。 

子どもの頃、家族が朝から妙に慌ただしくて秘密めいた雰囲気を漂わせていたら、「今夜はきっとカニパーティーだ」と胸を高鳴らせたものだった。税関の競売で大閘蟹2箱を手に入れた母は意気揚々と市場へ買い出しに行き、親しい人々を招く豪勢なカニづくしディナーの準備を始めた。届いたカニは一匹ずつ丁寧に洗う。これが一番の手間だ。まもなくショウガと鎮江の黒酢を合わせた香りが台所から漂い始め、カニを食べるための道具、酢を入れる壺、ショウガや砂糖を盛る小皿、精巧なつくりのフィンガーボール、黄酒を温める酒器と小さな杯、さらに服を汚さないためにかける刺しゅう入りの綿エプロンなどが次々と食卓に並び、心浮き立つ蟹宴の幕開けとなる。 

当時の大閘蟹はとても濃厚だったので、母は乾燥させた赤紫蘇を敷いて蒸していた。そしてテーブルにカニの匂いが染み込まないよう、必ずビニールシートを敷いた。蒸しあがったカニがテーブルに並ぶと、母は一匹ずつ選別を始める。ミソが少ないのは家族用で、たっぷり詰まっているのが客用だ。このカニを分ける儀式が、わが家主催のカニパーティーの序章となる。客はミソたっぷりのカニに遠慮しながらも満面の笑みを隠せない。ひとしきりにぎやかで和やかな時間を過ごしたあと、ようやくパーティーの本番が始まる。手や道具を駆使し、それぞれの方法でゆっくりと極上の味を堪能する。 

大閘蟹は先に脚を一本もいで道具代わりにし、他の脚の身を食べることもできる。殻が硬く、関節が小さくて構造が複雑な大閘蟹は、甲羅や関節を一つ一つ外しながら身やミソを食べ進めていかねばならないが、食べ終わった後に元の形にそっくり組み直すのはなかなか楽しい。大閘蟹の可食部を取り出す作業は「(チャイ)」(分解)と呼ぶのだと母に教わった。そのきめ細やかな肉質とうまみは、ほかのカニでは決して味わえないものだった。そしてねっとりまろやかなミソを胃に納めたあとに黄酒を2、3杯あおれば、心も胃の腑も陶然となる。カニは体を冷やす性質があるので、母は蟹宴のたびに生姜茶をたっぷり煮た。カニのあとにそれを飲むと、優しい満足感がじんわりと胃に広がり、冷えがすっかり和らいだ。 

カニの食べ方には人それぞれの流儀があるが、食べ慣れていない人の皿は砕けた殻だらけで、手慣れた人の皿には姿のままの殻が乗っている、という傾向はあるようだ。達人級になると、宴席のホストへの感謝を込めて殻で蝶を作る人まで現れる。カニのハサミを割って骨の一部を引き出し、それを交互に組み合わせると美しい蝶の形になるのだ。 

カニをひとしきり食べ終わったあとは小休止。宴のホストはテーブルのビニールシートを片付けて食器を新しいものに替える。客はエプロンを外して洗面所で手を洗い、さらに歯磨き粉で手についたカニの匂いをすっかり取ってから席に戻り、第二幕を心待ちにする。 

カニを食べる「儀式」は大同小異だろうが、第二幕は各家庭の腕の見せどころだ。わが家の場合、家族だけなら蝦蟹麺(カニとエビの麺)で、お客様を呼んだときには馬蘭頭豆乾(コヨメナと押し豆腐のあえ物)、素鵝(精進のガチョウもどき)、芥菜(高菜の甘辛炒め煮)、風鶏(丸鶏の風干し)、溏心蛋(半熟黄身の味付け卵)、肴肉(塩漬け豚肉の煮こごり)など冷菜の小皿7~8種類を、温かい白がゆと一緒に出す。ときにはお客様から「蝦蟹麺が食べたい」とリクエストが入ることもあるが、おかゆと麺はカニミソと黄酒で心地よく酔った胃袋を穏やかになだめてくれる。 

おかゆを食べ終えて冷菜が下げられると、温かい料理がテーブルに並ぶ。豆乾肉絲(押し豆腐と細切り肉の炒め物)、雪菜百葉(セリホンと薄い押し豆腐の炒め物)、龍井蝦仁(エビの龍井茶炒め)、八宝辣醤(五目辛味噌炒め)、鶏絲豌豆(鶏の細切りとえんどう豆の炒め物)……。内容は毎回変わるが、必ず出るのが柔らかく煮込んだ豚すね肉だ。わが家のお手伝いさんによると、カニミソがしつこく重く感じるのは胃の中の油脂を吸収してしまうからで、こってりとしたすね肉の煮込みで油脂を補うと良いのだそうだ。 

わが家の蟹宴の締めを飾るのは、腌篤鮮(イエンドゥシェン)と決まっている。中華ハム、塩漬け肉、豚バラ肉のコク深さ、結んだ百葉の素朴な味わい、さっくりとした歯ごたえの冬タケノコ……それぞれのおいしさを凝縮したスープをひと口含むごとに、濃厚なカニの味が中和されていく。 

大閘蟹の食べ方 

1 蒸し器に赤紫蘇を敷き、カニを並べて蒸す 

2 カニを赤くあでやかに蒸し上げる 

3 つけだれを作る。ショウガのみじん切り、砂糖、鎮江の黒酢を混ぜる 

4 お腹側から開ける 

5 甲羅を外す 

6 左右にある六角形か八角形の白っぽい部分は肺。中医学で大寒(体を非常に冷やす)とされているので食べない 

7 カニミソを味わう 

8 食べ終えたらカニのハサミをクロスさせて皿の上に置く。これは宴席のホストへの感謝を表す作法 

大閘蟹の養殖 

水温と水質が、中国南方の秋を彩る大閘蟹養殖の鍵となる。黄金色で濃厚なミソときめ細やかで甘い肉質は、全ての人をとりこにする。「天上に楽園あり、地上には蘇州杭州あり」という名言で知られ、肥沃な土地をもって古くから「魚米(ぎょまい)(さと)」と呼ばれてきた江南地区の湖が、大閘蟹の主な生息地だ。 

養殖地で有名なのは陽澄湖や太湖などだ。大閘蟹は大人になるまで2年ほどかかるが、その間脱皮を約20回行う。脱皮には一定の水温が必要で、最も成長するのは4月から9月。水温が下がれば成長を止めて冬眠してしまう。 

養殖で与えるエサは通常トウモロコシ、水草、カボチャ、タニシ、カラスガイなどだが、需要が高まるにつれ効率重視の不適切な養殖方法が増え、水質が悪化してしまった。養殖業者が対策として抗生物質を使い始めたことで、カニの質にも影響が出ている。近年は政府が水質管理に乗り出し、1ムー(約0067)当たりの飼育数を350匹以内に制限することで、生育環境と品質を守ろうとしている。 

大閘蟹の重さは約3両(180)から6両(360)までさまざまだが、鉄則は必ず生きているものを選ぶことだ。冬眠状態のこともあるので、甲羅を軽くたたいて目が動くかどうか確認する。腹や脚の関節が硬いかどうかも判断材料になる。 

良いカニの条件としてよく言われるのが「青背白肚、金爪黄毛」で、すなわち甲羅は均一な青緑色で凸凹が少なく、腹は玉のように白く斑点がないもの。そして爪の先端に金糸のような細い線がいく筋も走り、足自体は力強く、足の毛は長く密で泥が付いていないものが良品ということだ。 

陽澄湖の大閘蟹が市場に出回るのは中秋節以降で、後になるほどミソが濃厚になる。「十尖九圓」は大閘蟹好きなら誰でも知っている言葉で、ふんどし(腹部)が三角のオスは10月、丸いメスは9月(いずれも旧暦)が食べ頃。大閘蟹は冷蔵庫に入れておけば10日程度なら生きたまま保存できる。蒸すときに赤紫蘇の葉と一緒に蒸せば、生臭さが抑えられる。 

上海にルーツがある家庭では、「蟹粉(シエフェン)」、上海語で言うところの「ハーフン」も作る。蒸した大閘蟹から丁寧に肉とミソを取り出してネギと一緒に油で炒めたもので、冷めたら冷蔵庫に入れておけば、オフシーズンでも大閘蟹の味が楽しめる。とはいえカニ一匹から取れる肉もミソもほんの少しだから、お碗一杯分の蟹粉はまさに値千金だ。 

蟹粉の作り方 

1 カニの身を取り出す 

2 足の肉はカニの爪先を使って押し出す 

3 ミソを取り出す 

4 殻に残った身をかき出す 

5 ぬるま湯で殻についた身やミソを洗い出す 

6 鍋に油を熱し、ぶつ切りのネギとショウガを炒めてカニの身とミソを加え、少量の湯を加えて炒め合わせる。ネギとショウガを取り出して胡椒を振る 

7 蟹粉は料理少量に加えることで味がぐっと引き立つ調味料になる。冷蔵庫で1年ほど保存可能 

 

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