ワールドカップでの中国の存在感
世界最大級のスポーツ・イベントであるサッカー・ワールドカップが今年の6月から7月にかけて開催された。中国代表チームはアジア最終予選で敗退したので本大会へ出場できなかったものの、「レノボ(LENOVO)」「ハイセンス(Hisense)」「蒙牛乳業(Mengniu)」といった中国企業の名前が、縦105㍍、横68㍍のグラウンド(ピッチ)を囲むフェンスに表示され続け、世界に向けて存在感を発揮した。

それに対して、日本企業の会社名は、ワールドカップの会場で表示されなかった。かつて東芝のテレビのブランドであった「REGZA」のロゴは表示されたが、これは2018年2月に東芝のテレビ事業子会社を中国のハイセンスグループ(海信集団)が買収し、日本国内での研究開発体制と共に「REGZA」のブランドを維持しているからであった。ちなみに、その買収は成功し、「REGZA」ブランドは日本国内市場でトップのシェアを獲得している。
日本企業がワールドカップのスポンサーとなって、フェンスに会社名やブランド名を掲げたのは、1982年のスペイン大会からであった。キヤノン(CANON)、富士フイルム(FUJIFILM)、日本ビクター(JVC)、セイコー(SEIKO)がスポンサーとなり、会社のロゴを掲げた。このとき、中国企業は1社もスポンサーとなっていなかった。これら4社は、続いて、86年のメキシコ大会でもスポンサーとなって、会社名をフェンスに飾った。
90年のイタリア大会そして94年の米国大会では、キヤノン、富士フイルム、日本ビクターの3社がスポンサーとなった。
98年のフランス大会では、上記の3社に加えカシオ(CASIO)がスポンサーに加わった。2002年の日本韓国共催大会では、キヤノンとカシオが抜けた代わりに、富士ゼロックス(FUJI XEROX)と東芝(TOSHIBA)が新たに加わり、4社がスポンサーとなった。
06年のドイツ大会では、日本ビクターと富士ゼロックスが抜けて、富士フイルムと東芝の2社がスポンサーとなった。
10年の南アフリカ大会そして14年のブラジル大会では、上記の日本企業は全てスポンサーを降り、代わってソニー(SONY)だけがスポンサーとなった。
18年のロシア大会では、日本企業は1社もスポンサーとならなかった。それと入れ替わるようにして、この大会で初めて中国企業がスポンサーとなり、ハイセンスとvivo(維沃移動通信)、万達集団(ワンダ・グループ)のロゴがフェンスに表示された。この3社は22年のカタール大会でもスポンサーとなった。
そして、米国、カナダ、メキシコの3カ国が共同開催した今年の大会では、vivoと万達集団がスポンサーから降り、レノボ、ハイセンスそして蒙牛乳業の3社がスポンサーとなった。とりわけレノボは、ワールドカップの主催団体であるFIFA(国際サッカー連盟)の最上位スポンサーであるグローバル・パートナーとなっている。
レノボはスポンサーとしてFIFAに資金を提供し、試合会場に自社の名前を表示するだけでなく、最先端テクノロジーを駆使して大会の運営を支える「黒子」の役割を担った。
サーバー、パソコン、「モトローラ(Motorola)」ブランドのモバイル・デバイス、そして200人を超す専門エンジニアを動員し、史上最も技術的に進んだインフラストラクチャーを実現させた。
例えば、米国のテキサス州ダラスの放送センターにThinksystemサーバーを配備し、膨大な映像データを瞬時に処理することによって、遅延が5秒未満の放送を実現した。また、米国のフロリダ州マイアミのテクノロジー・コマンドセンターで、大会全体の技術運用をリアルタイムで監視した。
ThinkPadブランドのノートパソコンやモトローラブランドのスマートフォン、タブレットなどの1万7000台を超えるデバイス群が全試合会場そして全チーム拠点に配備された。同時に、200人以上の専門エンジニアを現地に張り付かせ、運営・放送・分析を最初から最後まで単一の組織で一貫して担う一気通貫なシステムの運用をサポートさせた。
レノボは、ハードウエアの供給にとどまらず、人工知能(AI)の技術を駆使して観戦体験を変革した。
高度な生成AI分析ツールであるタブレット端末の「Football AI Pro」を全48チームに提供し、国による情報格差を是正し、情報の民主化と透明性の向上を図った。実際、同大会に初出場のカーボベルデは、前回王者のアルゼンチンを相手に2度追い付き、延長戦の末に2対3で敗れるという大健闘を見せた。また、1秒で選手をスキャンしてオフサイド判定を迅速かつ視覚的に分かりやすく提供する「3Dプレーヤー・アバター」によって判定を精密化した。
さらに、AIによる手ブレ補正を用いた審判視点の映像「レフェリー・ビュー」を提供し、判定の適明性を高めると同時に、圧倒的な没入感によってファンの臨場感も高めた。
こうして、数十億人が視聴する舞台であるワールドカップにおいてレノボはAI技術力の高さを示し、自社のブランド価値を高めた。
ワールドカップだけでなくオリンピックにも中国企業は貢献している。
24年にフランスのパリで開催されたオリンピックは画期的であった。女性の競技参加者の数が男子の競技参加者と初めて同数になったからである。
それだけでなく同大会は、競技映像を世界各国へ配信する際にクラウド中継が人工衛星中継を初めて上回った大会でもあった。これは、1936年のベルリン大会でテレビ実況中継が初めて導入され、64年の東京大会で初めてテレビ実況が衛星中継されたのに続く、オリンピックへの通信技術導入の画期であった。
人工衛星中継は、競技映像をそのまま通信するだけである。中継された映像を受信した側のテレビ局が編集して放送する。それに対して、クラウド中継はそのプロセスでAIを用いて映像を編集し合成する。例えば、過去の関連映像を瞬時に検索し、中継している映像に組み合わせて、視聴者に豊富な情報を伝達する。また、リプレイ映像を瞬時に超高精細で生成する。そのため、クラウド中継が主となったことで、各放送局は現地の競技会場に中継車を送り、スタッフを張り付かせて作業させるコストを大幅に削減できた。
こうしたクラウド中継を2024年のパリ大会で実施したのは、中国のアリババ・グループのクラウド事業会社であるアリババ・クラウドであった。
アリババ・グループは、大規模言語モデル「Qwen(千問)」シリーズの開発を進めており、今年8月には2兆4000億のパラメーターを持つ最上位モデル「Qwen3.8-Max」を発表した。これは米国の最先端AIに迫る性能を持っている。従って、28年に米国のロサンゼルスで開催されるオリンピックの競技映像のクラウド中継は、24年のパリ大会のときよりも飛躍的に優れたものとなることが期待される。
中国のハイセンスがワールドカップのスポンサーになっているのに続いて、ハイセンスとテレビ市場の世界シェアでトップを争うTCLが昨年からオリンピックのスポンサーとなっている。ワールドカップと同様にオリンピックでも中国製のテレビが大会運営に用いられることになる。
ワールドカップやオリンピックといった全世界で視聴されるスポーツ・イベントを支えることは、その企業のブランドの価値を全世界で高める。そうしたことを、かつて熱心に取り組んだ日本企業に代わって中国企業が担っていることは、世界経済の質的な変化を象徴しているのではないだろうか?
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