「先生」と「師匠」の商標争い

2019-07-08 15:53:56

鮑栄振=文

ケーキ屋経営しているの?

 先日、友人が微信(ウィーチャット、日本のLINEに相当)で1枚の写真を送ってきた。「鮑先生のケーキ屋」(「鮑老師糕点店」)というケーキ店の前に、たくさんの客が列をなしているところを撮ったものだった。この写真を微信のモーメンツ(LINEのタイムラインに相当)にアップしたところ、筆者が普段周りから「鮑先生(老師)」と呼ばれているためか、この有名店を経営しているのは筆者かと、わざわざ尋ねてくる人もいた。

 実は、この「鮑先生のケーキ屋」は有名店でも何でもない。最初に有名になったのは、「鮑師匠のケーキ屋」(「鮑師傅糕点店」)だ。ところがその後、「鮑先生」は、有名店だった「鮑師匠」の人気にあやかろうと似たような名前を付けた。「鮑師匠のケーキ屋」の加盟店は中国国内に千店以上ある。だから筆者にも「鮑師匠のケーキ屋」を開いたらどうかと勧める友人もいた。ところが意外なことに、この元祖「鮑師匠のケーキ屋」のうち、本当にオーナーの鮑才勝氏が経営する「鮑師匠」の商標がある正規店舗は、たった26店だけ。残り全ての「鮑師匠」はニセモノなのだ。

 商標の保護は、区分(カテゴリー)ごとに行われる仕組みで、国際的に商品・役務について45の区分が設けられている。そして、商標登録の出願時に指定した区分および商品、役務の範囲内で商標が保護される。最初に鮑氏が設立した「北京鮑才勝飲食管理会社」は、第30類のスイーツ・ケーキを指定して「鮑師匠」の商標出願をし、登録を受けた。したがって、他人が同様の第30類で「鮑師匠」の登録出願を行うことはできない。また、鮑氏の会社がフランチャイズ展開をしない以上、「鮑師匠のケーキ屋」という名の店舗を開設することもできない。

 一方、約千店もある非正規店の「鮑師匠のケーキ屋」は、ほとんどが「北京易尚飲食管理会社」(以下「易尚社」という)のフランチャイズ加盟店だ。ややこしいことに、易尚社は実際に「鮑師匠」の商標を保有しているが、これは区分がレストラン・喫茶店を指定役務とする第43類である。このため、鮑氏は、「易尚社は飲食サービスについての商標しか保有していないのに、ケーキ店やスイーツ店のフランチャイズで『鮑師匠』という商標を使用しており、私の商標権を侵害している」と訴えた。鮑氏の申し立てを受けた国家知的財産局商標審査委員会(以下「商標審査委員会」という)は最近、第43類での「鮑師匠」の商標を取り消す裁定を下している。

 中国では「令和」も商標登録?

 商標に関しては以前、登録を受けた「牛肉麺共和国」という商標の是非をめぐり、議論が巻き起こった。「共和国」という単語が商標に使われることについて、多くの人が疑問を持っている。

 しかし、「牛肉麺共和国」が商標登録されたことから分かるように、商標局は、この商標が中華人民共和国という国名と類似するとは見なしていない。むしろ、「牛肉麺共和国」という商標は識別性が高く、大衆の誤解を招くことがないと判断したからこそ、登録を許可したのだ。

 実際、「食物共和国」や「ラーメン共和国」(中国語で「拉面共和国」)、「穀物共和国」(同「谷物共和国」)など、「共和国」という単語を含む商標が登録を受けた例はたくさんある。こうした例からも、このような商標について商標局がどんな見解を持っているかよく分かる。

 日本の新元号が「令和」と決まったとき、中国の知的財産権の業界関係者は、「令和」の商標出願が相次ぐだろうと予測した。その予測は正しく、すでに、「令和」は中国で商標登録され、その指定商品には日本酒も含まれている。 

 中国の商標法第10条第2項では、「外国の国名、国旗、国章、軍旗等と同一又は類似するものについては、商標として使用してはならない。ただし、当該国政府の許諾を得ている場合は、この限りでない」と定めている。しかし、外国の元号については言及がない。つまり、「令和」の商標登録は日本では禁止されているが、中国ではOKということだ。

 

商標の悪意出願への対策

 中国の商標登録の出願件数は、ここ数年連続して世界第1位だ。国内の有効登録商標も1800万件を超え、中国は正真正銘の商標大国となっている。一方、こうした出願件数や登録件数の大幅な増加に伴い、ブランドの不正利用を目的とした悪意の商標出願も増加。また、登録商標の売買によって利益を得ることを目的とした、商標の大量出願などの不正出願も増加し、市場秩序が乱されている。このため、日系企業から、中国で自分の商標を悪意出願された場合にどのような対応を取るべきか、また権利を守るためにどのような救済手段が利用可能か――といった相談を受けることも少なくない。これらを考える上で、以下のような事例が大いに参考となる。

 グローバル日系企業の中国現地法人A社は以前、商品のパッケージをより美しく見せるため、商標として管理されておらず、出願もされていないエビの図案を商品のパッケージに付けた。ところが、しばらくしてL氏という中国人から、A社のエビ図案が、L氏が保有するエビ図案の登録商標権を侵害している、との通知を受けた。さらにL氏からは、A社が10万元を支払えば、このエビ図案の商標をA社に売り渡してもよいという解決案が示された。A社はこれを拒絶、逆に商標審査委員会に、L氏のエビ図案の商標の取り消しを申し立てた。A社の対応に、L氏は弁護士を立てて、A社の一部の代理店、販売店を含む数社に対し、商標権侵害を理由に100万元の損害賠償を求めて提訴した。

 その後、同委員会は本件の商標について取り消しの裁定を下した。しかしL氏はこの裁定を不服とし、北京市第一中級人民法院(日本の地裁に相当)に対し、同委員会を被告とし、A社を第三者とする行政訴訟を起こした。これを受けた同法院では、同委員会に対し裁定を取り消し、改めて裁定を下すよう命じた。ところが、今度はA社がこの判決を不服とし、北京市高級人民法院(日本の高裁に相当)へ上告した。同裁判所は、第一審の判決は事実認定がしっかり行われておらず、法律の適用に誤りがあるとして、同判決を破棄し、当初の商標審査委員会の裁定は正しいとの見方を示すなどA社に有利な終審判決を下した(中国は一般的に二審制)。これにより、数年にわたるエビ図案の商標を巡る紛争は、ようやく終止符が打たれた。

 

立法措置で不正出願を抑止

 近年、商標登録手続きの簡素化や、登録期間の短縮、登録コストの低下などにより、商標登録は簡便になりつつある。しかしその一方で、前述した悪意の商標出願や、商標の大量出願などの不正な出願が増え続け、企業の正常な活動に悪影響を及ぼしている。

 これに対し、上記の事例でも分かるように、自己の商標を悪意出願された場合、まず行政救済手段を利用して、商標審査委員会に悪意登録商標の取り消し申し立てを行うことができる。さらに行政訴訟という手段もある。

 中国には、「魔高一尺道高一丈」(困難が一尺高くなれば、解決法も応じて一丈高くなる。最後は正義が勝つ意味)ということわざがある。こうした商標の難題に対して、関係機関も適切な対策を打ち出している。国家知的財産権局では不正な商標出願を継続的に抑制するシステムの構築を目指している。今年2月には「商標登録出願行為の規範化に関する若干の規定(意見募集稿)」を公表した。その中には次のような不正な商標登録出願の取り締まりに関する内容が盛り込まれている。「不正な商標登録出願行為については、商標法およびその実施条例の規定に基づき処理を行うほか、情状により、法により懲戒措置を講ずることができる。(中略)情状が重大で犯罪を構成する場合には、法により関係機関に移送して刑事責任を追及する」。こうした対策が功を奏し、中国が健全な商標大国になれるよう引き続き期待したい。

 

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