夫婦の「忠誠協議書」ご存知?

2019-08-07 13:46:45

鮑栄振=文

「忠誠協議書」交わした?

 

 「浮気には夫婦間の忠誠協議書が有効」――筆者は十数年前、こういうテーマの文章を本誌に寄稿したことがある。その頃、配偶者の浮気を未然に防ぎ、慰謝料の請求をしやすくするためのユニークな手段として、夫婦間で「忠誠協議書」を結ぶ方法が現れ、注目を浴びた。しかし、離婚が日常茶飯事の今でも、果たしてこのような方法が本当に利用されているのだろうか。

 

 夫婦間で忠誠協議書を結ぶのは、将来、万一離婚することになった場合に、財産分与を巡って紛争が起こらないようにするためだ。メンツにこだわる中国人からすれば、例えばまだ結婚もしていない場合、離婚後について取り決めするのは抵抗があるかもしれない。だが、このような方法は、離婚や財産分与を前もって理性的に考えたものであることは疑いがない。

 

 ところが一部の人々は、このような方法を快く思わず、称賛に値しないと考えている。つまり、夫あるいは妻または両者が、「自分を裏切るな。もし裏切ったら、その代償として財産や親権をもらうぞ」といった「悪知恵」があるからこそ、忠誠協議書などという「手形」じみたモノを結ぶのだ、と批判するのだ。

 

 最近の大都市で暮らす夫婦の中には、相当な額の資産を持つ者も多い。北京を例にとると、離婚する夫婦が2軒の一戸建て住宅を巡って争う場合、紛争の合計金額は数千万元(日本円で数億以上)にも上る。このため、特に女性側にとっては財産の分与・確保に必死で、忠誠協議書を結ぶ夫婦は増加の一途をたどっているという。

 

 中国の法律・訴訟事例の検索サイトの一つ「聚法案例」によると、今年3月29日までで、夫婦の忠誠協議書に関する紛争事例が102件掲載されている。その事例は多岐にわたり、単なる夫婦間の離婚訴訟だけでなく、どういうわけか企業秘密や商標権の侵害を巡っての紛争まである。このように、夫婦協議書が実生活だけでなく、ビジネスの領域にまで及んでいるのがうかがえる。

 

 

バレンタインの贈り物

 

 今年のバレンタイン・デー。ある会社の法務部長が、「バレンタインで最も責任ある過ごし方は婚姻届けを出すこと。夫婦の忠誠協議書あり」とネット上で呼び掛け、協議書の見本を添付したところ、「これはバレンタインの良い贈り物だ」と称賛の声が多く寄せられたという話がある。

 

 現実問題として、弁護士が婚姻・家庭に関する紛争案件を取り扱う際には、確かに当事者から「忠誠協議書を結んでおけば、結婚相手が浮気した場合に、協議書に基づいて相手を身一つで追い出すことさえできるのでは」という問い合わせを受けることが多い。

 

 しかし実際のところ、忠誠協議書が法的効力を持つか否かについては議論が絶えない。例えば、協議書の内容が法律に合致しない場合には、裁判所から「無効」の判断が下される恐れが強い。だからこそ、法曹資格などを有する専門家が作成した、関連法律の規定に合った忠誠協議書が重要となる。くだんの法務部長の「見本」が広く好評を博したのも、こうした理由からだ。

 

 

今だに続く効力巡る論議

 

 この忠誠協議書が法的に有効であるか否かについては、2002年の最初の忠誠協議書を巡る案件以来、議論が続けられている。これは、妻が浮気した夫に対して忠誠協議書に基づき30万元の慰謝料を請求した訴訟で、上海の基層人民法院(日本の簡易裁判所に相当)は、妻側勝訴の判決を下した。これは全国で初めて忠誠協議書の有効性を認めた判決だ。

 

 しかし夫側はこの判決を不服とし、中級人民法院(同地裁に相当)に控訴した。結局、双方は和解し、夫が妻に25万元を支払うことで決着した。したがって、この中級人民法院が忠誠協議書の法的有効性について判断を下すことはなかった。

 

 ところが、この判決の是非を巡り、学者や弁護士ばかりでなく、多くの裁判官の間でも賛否が分かれ議論となっている。賛成派は、『婚姻法』の第4条において「夫婦は互いに忠実であり、尊重し合うべき」と規定されているため、夫婦間の相互の忠実は「法定の義務」であると主張する。

 

 一方、否定論にはいろいろな説がある。その中で「道徳義務説」の支持者は、夫婦間の忠誠協議書の法的根拠である「忠実」は、「べき」(中国語は「応当」)であって、「しなければならない」(中国語は「必須」)ではないため、「忠実」は「奨励される義務」であっても「法定の義務」ではないと主張している。

 

 

最高人民法院の見解も二転三転

 

 実際の裁判においても、夫婦間の忠誠協議書の効力の有無について、統一的な判断基準はない。また、明確に規定している法令や司法解釈もない。このため、裁判所が下した判決にも、有効とするものと無効とするもの両方ある。

 

 実は、最高人民法院(日本の最高裁判所に相当)の見解も二転三転している。例えば、「『中華人民共和国婚姻法』の適用における若干の問題に関する最高人民法院の解釈(三)」の制定過程では、夫婦の忠誠協議書の効力の認定について、次のような解釈の変遷が見られる。

 

 2008年12月の草案では、「離婚時に夫婦のいずれか一方が、結婚前または結婚後に双方が締結した忠誠協議書に基づき権利を主張する場合、人民法院は、審査を経て、当該協議書が自由意思に基づいて締結され、かつ法律、法令の禁止規定に違反しないと認めたとき、これを支持しなければならない」と規定されていた。

 

 ところが、2010年5月の草案では、「夫婦のいずれか一方が、結婚前または結婚後に双方が締結した、互いに忠実であることを求め、違反した場合に賠償を行う旨の財産に関する協議書に基づき権利を主張する場合、人民法院はこれを受理しない。すでに受理したものについては、訴訟却下の裁定を下す」と、正反対の規定に変わった。

 

 さらに、後に正式に公布された司法解釈などでは一転、夫婦の忠誠協議書に関する規定そのものが一切設けられていない。これは、同協議書の効力について明確な規定を行うのを司法当局がひとまず避けた形だ。今後実際の状況を観察し続け、社会的なコンセンサスが得られてから、関係する内容を司法解釈に追加するか単独で法律を制定する――というのが最高人民法院の考えだろう。

 

 

忠誠協議書の効力どう確保

 

 では、結局のところ夫婦の忠誠協議書は法的に有効なのだろうか。有効にも無効にもなるとすれば、どのような内容であれば有効なのだろうか。例えば、「違反者を身一つで追い出す」旨の条項は法律上問題があるのだろうか。

 

 ある裁判官は、忠誠協議書の効力の有無は、その具体的な内容や結ばれた背景などを踏まえた上で判断するという。もし、双方の自由意思に基づいて結ばれて、取り決めした内容も双方が真に望むもので、また法律および公序良俗など民法における基本原則に反しなければ、その協議書は適法かつ有効と認めるという。ただし、忠誠協議書が有効と認定されたからといって、そのうちの財産に関する部分も全て有効と見なされるわけではない。

 

 これまでの訴訟事案から具体例を見ると、忠誠協議書において「違反者を身一つで追い出す」、つまり「違反者に全ての財産を放棄させる」旨の条項を設けたとしても、「財産」が何を指すのか不明なため、通常、裁判所はこのような条項を支持せず無効と認定する。

 

 また、「離婚してはならない」「必ず離婚しなければならない」「未成年の子どもに対する親権を放棄する」など、人と人との特定の関係に関わる条項も、法律の強行規定に反するため無効とされる。さらに、配偶者とのこれまでの恋愛・婚姻に費やした時間や金銭の対価として求める「青春損失費」や、相手が夜に帰宅しなかった場合に懲罰的に徴収する「空きベッド料」などについての取り決めも、公序良俗に反するため無効となる。

 

 夫婦間の忠誠協議書を法的に有効なものとするためには、こうした条項を設けることは避け、法律や公序良俗に反しない範囲で、双方が自由意思に基づいて結ぶことが大切である。
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