「国酒」の表現 許される?

2021-07-16 12:52:57

鮑栄振=文

中国最高級の蒸留酒(白酒)といえば、貴州省の「茅台酒」(マオタイ酒)だろう。1972年の中日国交正常化の夕食会で、当時の周恩来総理と田中角栄首相が茅台酒で乾杯したことから、日本でも広く知られている。国家的政治イベントや外国の賓客を招いた宴会などでは必ず出され、事実上、国を代表する酒――「国酒」の扱いをされてきた。

製造元の貴州茅台集団(以下、「貴州茅台社」)も「国酒茅台」と自称し、公式サイトや店頭、各種メディアなどでこの呼称を用いてきた。また、中央テレビが毎晩7時から放送する国民的ニュース番組「新聞聯播」でも、開始直前の秒読み画面に「国酒茅台が時刻をお知らせします」といった広告が入るほどだった。

ところが2019年7月1日、「国酒茅台」は突然「貴州茅台」に表示を変えた。中国のSNS・微博(ウェイボー)の公式アカウントからも茅台酒の公式サイトからも、「国酒」の表記が消えた。

 

百花繚乱の美名競争の末

実は20年近く前の01年9月、貴州茅台社は国家商標局に「国酒茅台」の商標出願(1)をしていたが、登録が認められなかった。同社は、その後10年近くの間に何度も「国酒茅台」の表記を含む商標を出願したが、いずれも登録できなかった。

12年7月にようやく初歩段階の審査を通過したものの、その後の公告期間中にライバル酒の「五糧液」(四川省)や「汾酒」(山西省)などの反対キャンペーンに遭い、100件以上の異議が申し立てられた。

貴州茅台社が「国酒」を標榜するのを、ライバルたちもおとなしく眺めてはいなかった。各社もそれぞれ似たような言葉を使ってブランド化を図った。例えば「洋河」(江蘇)は「新国酒」という概念を作り出し、「健康がトレンド、新国酒の美しさを目撃しよう」というキャッチコピーを打ち出した。さらに「瀘州老窖」(四川)と「汾酒」も、それぞれ「濃香国酒」、「清香国酒」という独自の概念を作り出し、「五糧液」も「国五液」というブランドを立ち上げた。白酒と無関係な「長城ワイン」でさえ、「紅色国酒」という表現を用いたほどであった。

一方、貴州茅台社はこう主張した。「当社は中国の著名な白酒メーカーであり、当社ウェブサイトでは『国酒茅台』との記載を複数個所で用いている。テレビでも『国酒茅台が時刻をお知らせします』というCMがよく流れており、消費者にはすでに『茅台酒=国酒』という認識が形成されている。これが、貴州茅台が『国酒茅台』の商標登録の出願を諦めない理由である」

これに対して商標評審委員会は、「貴州茅台社は『国酒』を広告用語として使用したのにすぎず、このことと『国酒』を商標として使用することを同列に論じることはできない」と指摘。最終的に「公平な市場競争にマイナスの影響を与える」として登録出願を拒絶査定した。これを受け、貴州茅台社は不服審判を請求した。

不服審判において、商標評審委員会は18年6月、「国酒茅台」を不登録(2)とする決定を下した。しかし、不登録決定通知を受け取った貴州茅台社は翌7月、同委員会を相手取り、不登録決定の取り消しと決定のやり直しを求める行政訴訟を北京の知識財産権法院(知的財産裁判所)に起こした。また異議を申し立てていた「五糧液」「剣南春」(四川)、「郎酒」(四川)、「汾酒」などの酒造業者31社も併せて訴えた。

ところが貴州茅台社の株価が下落したため、同社は沈静化を図る(3)べく翌8月に訴訟の取り下げを決定。商標評審委員会の最終決定を尊重し、受け入れる旨の声明を出した。こうして、「国酒茅台」の商標登録は実現されなかった。

 

「国酒」ダメで「国宴」出願

27年前の94年に制定され、その後3回の改正(2015、18、21年)を経た中国の「広告法」では、一貫して広告に「国家級」「最高級」「最佳」(最良)といった最大級・絶対的な表現を用いることを禁止している。従って、貴州茅台社が長年にわたり広告に使ってきた「国酒茅台」という表現は、明らかに同法に違反している。

商標局が2010年に公布した「『中国』を含む商標および頭文字が『国』字である商標の審査審理基準」も、以下のように明確に規定している――「『国+商標指定商品の名称』を商標として出願する場合、または商標中に『国+商標指定商品の名称』を含む場合には、それが『誇大宣伝を構成し、かつ欺瞞性(4)を帯び』『顕著な特徴を欠き』『好ましくない影響がある』ことを理由として、これを拒絶する」。従って、「国酒茅台」の商標登録申請は失敗が決まっていたとも言える。

そこで、「国酒」がだめならば、と貴州茅台社が目を付けたのが「国宴」という表現だ。同社は「茅台国宴」と少し変えて商標を出願、こちらは無事に登録でき、存続期間は06年5月から16年5月まで10年間とされた。ところが同社が15年に商標使用の期間延長を申請したところ、商標評審委員会に拒絶されてしまった。その後、不服審判と行政訴訟を経たが、最終的に北京の知識財産権法院は19年9月、「茅台国宴」の商標登録を認めないとする下級審の決定を維持する判断を下した。これで「茅台国宴」も商標として使えなくなってしまった。

貴州茅台社は、実はこの他にも「国礼」と「国韵」という商標を出願するつもりだった。しかし、「国宴」が失敗に終わった以上、この二つの運命も想像に難くない。ライバル業者が出願した「国酒五糧液」や「国酒汾酒」といった商標も、全て登録を拒絶されていた。もはや白酒分野における「国」の字を冠とする争いは、終止符が打たれたと言える。

 

広告法が定める禁止表現

日常生活では、「広告法」に定められた禁止ワードや表現を用いた広告を見掛けることは少なくない。中でも最も多いのは、やはり最大級・絶対的といった表現だ。

例えば19年には、広東省仏山市の新素材開発のある企業が、「竜頭(トップ)ブランド」「絶対に汚染なし」「価格は最低」「品質も最高」「唯一絶対、最良の選択」「全世界トップ」「最優秀代替品」などの表現を含む広告を出し、23万元の過料(行政罰)を科されている。

ただし、根拠となる事実があって完全かつ明確に表示することができ、人の誤解を招かない場合は、このような表現でも使用が許される。例えば、自動車のディーラーが車のプロモーションで、「○○ブランドの最高級モデルを限定販売(5)!」といった宣伝文句を使うことは、「○○ブランド」という限定された範囲内での最高級モデルという事実に基づくため、問題ない。

中国で事業を展開する日系企業の広報担当者も、消費者の心により響くキャッチコピーを日々模索し、何とかひねり出していると思う。しかし、それと同時に「広告法」に定められている禁止ワードにも注意を払い、どのような表現が広告禁止なのか、しっかりと認識しておく必要がある。

 

1)商標出願 商标申请

2)不登録 不予注册

3)沈静化を図る 平息

4)欺瞞性 欺骗性

5)限定販売 限量上市

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