「弁護士調停」 普及の鍵
鮑栄振=文
今年5月の初め、あるニュースが目に留まった。係争金額が2億4000万元以上に上る紛争が、「弁護士調停+裁判所による司法確認」という方法で、わずか2カ月で解決に至ったというのだ。司法確認を行ったのは上海市第二中級人民法院(地裁に相当)で、調停協議書(日本でいう調停調書に相当)の効力を認める旨の司法確認を行ったのは同法院として初めてだそうだ。
この紛争は、2億4000万元以上の商品代金を巡り、供給業者と発注者との間で繰り広げられた。今年3月、上海経済貿易商事調停センター主導の下、何回か行われた調停の結果、両当事者はついに合意に至り、調停協議に署名した。そして司法確認により調停協議の効力が確認され、執行力が与えられた。
この方法は、訴訟や仲裁といった他の紛争解決(1)手段と比べ、弁護士調停にかかる時間が短く費用も安く、利用しやすいといった特徴がある。筆者も大いに興味を引かれたので、その仕組みを紹介したい。
訴訟急増が誕生の契機
中国では経済の急速な発展や社会構造の変化により、人々の行動や考え方、価値観が絶えず変化し続けている。これに伴い、紛争の形式も多種多様になり、先鋭化するケースもますます多くなっている。また、2015年に、それまで裁判所が訴えの受理を決めていた立件審査制から、当事者の訴権を保障する立件登記制に移行し、裁判所への訴訟提起が簡単になったため訴訟事件が大幅に増加。昨年の全国の裁判所における訴訟受理件数は3000万件に上り、裁判所にとって大きなプレッシャーとなっている一方、他の紛争解決手段の利用は縮小している。
杭州西湖区人民法院(第1審の裁判所)を例にとると、ここ数年、訴訟の受理件数が年平均10%を越す割合で急増し続けている。16年には2万942件で、同法院の裁判官は年間で1人当たり平均315件もの訴訟事件を処理した。これは全国平均の2・8倍に当たるという。
このように裁判所に大きな負荷がかかっている状況では、訴訟の効率が大幅に低下し、紛争の早期解決は望めない。「訴訟を通じた紛争の早期解決」という期待を裏切られた(2)人々は投書や陳情(3)を行うようになり、その結果、問題がますます大きくこじれてしまう例も少なくない。従来の紛争解決の仕組みだけでは、経済発展と人々の合法的な権利・利益の保障というニーズを満たせなくなっていた。
こういった背景から、最高人民法院(最高裁に相当)などの中央司法機関によって、より多元的な紛争解決手段の活用を目指す制度改革が打ち出された。そして、調停は多元的紛争解決の方法としてますます重視され、弁護士が加わる弁護士調停が誕生したのだ。
第四の紛争解決手段へ
中国で制度の改革や刷新を行う際には、まず一部の地域で試験的に新制度を導入し、後に対象範囲を全国に拡大するというやり方が比較的多い。弁護士調停制度も同様だった。同制度の導入決定は、17年9月30日に発表された『弁護士調停試行業務の展開に関する意見』(以下、『意見』)により、まずは上海市など11の省・直轄市で試験的に実施し、翌年には全国に拡大された。
これを受けて、中国各地の弁護士事務所が弁護士調停業務を専門的に取り扱う「弁護士調停業務室」を開設。昨年時点でその数は8600カ所以上に上り、その調停事件数は累計25万件以上に上るという。
中国では従来、主な民事紛争の解決手段として訴訟・仲裁・人民調停(人民調停委員会が主宰)の三つがあった。新たに登場した弁護士調停は、これらに続く第四の紛争解決手段として、広く人々に利用されることが期待されている。
実際に第四の紛争解決手段になれるかどうかは、調停の結果――双方の合意の効力がしっかり保障されるか否かにかかっている。この点に関し、弁護士調停は最大の特徴として、調停協議がいったん成立すれば直ちに履行することができるという強みがある。『意見』では弁護士調停における調停協議の法的効力を確保するための制度として、「支払い命令(4)申請制度」と「司法確認制度」を確立している。つまり、例えば借金を返さない債務者に対し、債権者は裁判所に「支払い命令」を申請することができ、それでも返さないなら裁判所は強制執行ができるし、また裁判所もその効力を確認する、ということだ。この両制度によって当事者双方は安心して弁護士調停を利用できるのである。
制度普及へ残るピース
筆者の知人のY弁護士は、北京市内の裁判所から特任調停員(5)の一人に選ばれた。この特任調停員制度では、裁判所の委託を受けた弁護士などの専門家が補助的な立場で裁判所の調停に関与する。
Y弁護士によると、裁判所主導の調停を利用した人々は当初、裁判官でもない弁護士が調停を行うことに不安を覚えていたようだ。だが、ある程度やりとりが進むと、Y弁護士も特任調停員を務める他の弁護士も当事者から信頼を得られたという。
その理由は、当事者への接し方にある。例えば、一般的に裁判官は非常に多忙で、法律について丁寧に説明することはあまりない。そのせいで、裁判官の説明を当事者が理解できないまま、調停や審理が終わってしまうこともあろう。一方、弁護士は丁寧に説明してくれるので、そのような例は少ない。
もう一つの優れた点は高い専門性だ。弁護士は多種多様な案件を取り扱っているので法律実務に詳しい。そのため、家庭内紛争や労働紛争、交通事故、知的財産権、建設工事、株式、医療、製品責任など紛争の分野を問わず、その焦点をしっかりと捉え、当事者間で合理的な合意に至れるよう適切な助言が期待できる。
そこで、こうした利点から弁護士調停は大いに発展を期待されることだが、実は現時点でそれほど普及していない。
例えば、上海市では、昨年における従前の人民調停の受理件数は21万8000件で、司法調停・行政調停なども含めた調停全体(2020年1月~21年3月)では218万件に上り、調停には大きな需要があることが分かる。
ところが、弁護士調停の受理件数はごくわずかだ。上海市の正誠弁護士調停センターでは、18年7月の設立から今年4月末までの約2年半で、弁護士調停の申し込みはたった5件だったという(ただし、裁判所から委託された弁護士調停事件は685件あり、このうち220件で調停成立)。また広東省仏山市の弁護士協会弁護士調停センターも、18年1月の設立から8カ月間の同受理件数は、裁判所からの委託と当事者の申請を併せてもわずか25件だった。
だが、今後は利用が広がると考え、前出の「弁護士調停業務室」を設立しようとする弁護士事務所も少なくないようだ。弁護士調停が広く利用されるためには、調停員を専門的に務める弁護士がたくさんいる状態をつくり出す必要がある。その前提となるのは、弁護士調停員の「職業化・専門化」だ。
現在、弁護士調停には、業界としての体系的な報酬基準や相場は存在せず、報酬も全体的に少額である。弁護士調停の普及を進めるためには、市場原理にのっとった報酬体系の構築を推進し、専門の弁護士調停員の数を増やすことが必要となる。弁護士調停はすでに豊富な需要や効力の保障、高い専門性など普及に必要な条件をほぼ全て満たしている。だが、職業化と市場化という最後のピースを欠いていると思うのは、筆者だけではないだろう。
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